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若冲

モノクローム好き。

日本の近代絵画は西洋からの刺激で発展したが、それ以前の絵に影響を及ぼしたのは中国の美術。鎌倉末期に禅宗とともに伝わった水墨画は、「簡素で地味だけど、わかる人にはわかるよね」というスノッブさで、禅に心酔する室町将軍家に愛された。理想の風景を表現した山水画、禅の悟りを絵で伝える禅画、俳人による文人画などが描かれたこの界隈で、最もリスペクトされたのは中国・南宋時代の画家、夏珪や牧谿。京都の相国寺からは、

ナンパもダンスも団欒も。

浮世絵のルーツは庶民の日常を描いた風俗画だ。踊り、祭礼、遊郭に興じる町衆たち。実は平安の絵巻にも風俗描写はあるのだが、独立した絵として描かれるようになったのは戦国時代が終わる頃から。踊りなら踊り手をズームアップし、遊里なら親密な空気や猥雑な会話も伝わるようなフレーミングで。非情の世に隠れていた人間の愛すべき営みに目を向けてみたら、意外と絵になった、ということだろう。ほかにも、宴や歓楽の様子を肯定感

若冲や蕭白も憧れた、 スーパーフリーダムな禅画。| 白隠慧鶴

「むちゃくちゃだけど、うまくもないけど、ダイナミックで面白い絵を描く禅僧がいたらしい」と京都の奇想絵師も噂した。それが永遠の素人画家、白隠慧鶴という男。
 
絵師でも画僧でもない。15歳で出家し、後に500年に一人の名僧といわれた臨済宗の禅僧だ。伝統や技術を重んじる従来の禅宗絵画とは違う自由な「禅画」が生まれた江戸時代中期、ただただ禅の教えを広める手段として、1万点ともいわれる膨大な禅画を描いた。

狩野派きっての知的絵師は 奇妙なフォルムが好き!| 狩野山雪

幾何学的で秩序的な構図を好む知性派であり、エキセントリックかつ危なっかしいフォルムに惹かれてしまう特殊形状マニアでもある。それが狩野山雪という男。
 
狩野永徳の巨木表現を受け継ぐ狩野山楽に弟子入りした山雪は、自由奔放な師匠とは違うマニアックな資質を秘めていた。京都で多くの障壁画を残したが、中でもその鬱屈したキャラクターがくっきり表れているのが妙心寺天球院の金碧障壁画。エネルギッシュに伸びる梅の枝

エキセントリックに弾けた 江戸琳派の奇才。| 鈴木其一

CGのポスターみたいな風景画や、白昼夢のような鳥獣図。この人工的でどぎつい色は、江戸時代の日本人の目にどう映ったのだろう?
 
江戸琳派の奇才・鈴木其一は、瀟洒な画風を得意とした酒井抱一の一番弟子。其一も抱一に倣い、繊細で情緒的な草花図や花鳥図を描いていた。ところが、抱一が逝去すると、突然、何かから解き放たれたように大胆不敵な絵を描き始める。自然の姿を強引に再構築し、それまでの日本絵画にはなかった

そこまで凝る⁉ 過剰な美意識で描くファンタジー。| 伊藤若冲

絵が好きで好きでたまらないが、浮世の娯楽には無関心。18世紀京都で狩野派から宋元画までガシガシ学んだ伊藤若冲は、画業に専念すべく40歳で隠居した。モザイク画のような枡目描きなど独創的な絵はあまたあるが、濃密な色彩でしつこく細かくねっとりと描かれた、眩暈がしそうな花鳥図こそ奇想の名にふさわしい。例えば過剰な生気を振りまく《旭日鳳凰図》とか。
 
写実を重視し、庭に放った鶏数十羽を何年間も写生し続けた

常に「恐るべき新人」を待望している美術界という戦場に、しなやかでしたたかで大胆不敵な日本画が届いた。|服部しほり

 絵に登場するのはオジさん、または小僧。初期には自画像らしき若い女子もいたけれど、その娘は変な妖怪オジさんみたいなものを抱いていたりする。あとはこちらもオスのみ、雄鶏を描く。
 そんな絵が次から次に出てくると、これは曾我蕭白の再来か、伊藤若冲の子孫だろうかと思ってしまうところだが、そんな簡単な話ではなかった。この画家、服部しほりとの対話は後回し。日本美術の知識を復習しよう。
 若冲、蕭白、長沢芦雪