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大正

徳川ミュージアム館長が語る 新しい関係を育てた、ファンとミュージアム。

関東大震災の時に被災した刀剣は、それまで簡素な木の箱に納めて、収蔵庫に保管していました。被災刀剣でも、二代光圀公所用の《太刀 銘 國宗》のように、水戸黄門のお話で名前が知られた刀以外、ほとんど展示は行っていません。《刀 燭台切光忠》(以下《燭台切光忠》)が現存することはもちろん知っていたし、研究者の方にお見せすることはありましたが、それを展示する対象として考えたことはありませんでした。
 
そんな

都市に隣接する広大な緑地、円山公園を散策する。

開拓時代から残された貴重な自然を有する円山一帯。市民の憩いの場である円山公園は、明治初期に開拓使が設置した樹木の試験場を、明治末から大正にかけて公園として整備したもの。広大な敷地には、円山球場や円山競技場などの運動施設を備えるほか彫刻・碑像・モニュメントも点在。北海道神宮や円山動物園、天然記念物に指定される円山原始林も隣接する。また園内には、試験場の名残をとどめるスギやカツラの大木の中を散策できる

木彫りの熊

●名前/鈴木陽介

●職業、年齢/写真家、37歳

●子供の頃の日曜の夕方/「少年時代の懐かしい風景」をテーマに写真集を作ったのが蒐集のきっかけ。同時期にキン肉マン消しゴムやビックリマンチョコも集めたけど、今も続いているのは熊だけ。●発祥/大正13(1924)年に徳川義親がスイスで買った民芸品を真似て北海道八雲町の農民が冬の収入源として作ったのが木彫りの熊の始まりだとか。●相性で決める/愛おしいの