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前田

円頓寺の交差点に鎮座する 信長、秀吉、家康の三英傑像。 ……で、もう一体が水戸黄門⁉

円頓寺商店街の西側出入口にある交差点の四つ角に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑となぜか水戸黄門の像が立っている。活躍した順(?)に、信長は金色、秀吉は銀色、家康は鋼の色に仕上げられているが、これまたなぜか水戸黄門はカラフル。三英傑といえば名古屋にゆかりがあるので像が立つのもわかるのだが……。像を寄付したのは不動産会社経営・時田一弘さん。加賀藩の祖の前田利家、徳川8代将軍・徳川吉宗、江戸期の町

もっと自由で、クリエイティブに。 枠組みを超えた日本のイタリアンを。

日本人の自分がイタリアンを表現したらどうなるのか。自分に課題を課すように挑戦を続ける、徳吉洋二さん。例えば、定番の「カルボナーラ」なら、なぜ卵とチーズなのか。その土地の地理、歴史、食材、人々を突き詰め、伝統そのものを理解し、必然性を納得したうえで料理する。色や形、体験から作りたい料理を発想し、食材を探して当てはめるというアプローチも、徳吉流のスタイルだ。

〝共に生きる〟アイヌの姿勢が、私たちに教えてくれること。

 釧路空港から車でおよそ1時間。“日本で最も酸素濃度の高い土地”ともいわれ、手つかずの大自然が広がる阿寒湖周辺には、アイヌの人々が暮らす“コタン”と呼ばれる集落がある。その一角に2012年にオープンしたのが、阿寒湖アイヌシアター〈イコロ〉。アイヌ文化を発信する日本初のシアターとして、阿寒湖に暮らすアイヌの人々が継承してきた歌や踊りなどの伝統文化を、今に伝えている。

 この〈イコロ〉で今年の3月か

歴史画の起死回生。

「日本画」という言葉や概念は、哲学者アーネスト・フェノロサが、明治15(1882)年に使ったのが始まり。西洋礼賛一辺倒だった明治11(1878)年に来日したフェノロサは、教え子の岡倉天心とともに日本美術の再興に努める。やがて伝統的な日本美術を教える〈東京美術学校〉も開設。校長となった天心は、「伝統を学ぶ。写生をする。意味を表現する」の3つが新しい日本画と説いた。そんな中、中国と日本の史話や神話を題

「仮装」の伝統を守るメジャーリーガーたち。

 メジャーリーグもいよいよ佳境を迎えるが、毎年、シーズン終盤に話題になるのが、新人たちの「仮装」。これは「ルーキー・ヘイジング・デー」と呼ばれ、試合終了後にロッカーに戻ると自分の服がどこかに消え去り、恥ずかしい服がハンガーに掛かっているというわけ。男たちの世界の通過儀礼として、メディアでも取り上げられ、ファンの間でも親しまれてきた。
 これまで日本人メジャーリーガーも、田中将大がヒップホップ歌手、

亡き後も新刊、続々。安西水丸の色褪せぬ魅力盟友・南伸坊

イラストレーター安西水丸がこの世を去ってから4年が過ぎた。だが、その存在は日に日に大きくなっているように感じる。今年8月には、生前に執筆していたエッセイ『鳥取が好きだ。』が発売。回顧展『イラストレーター 安西水丸』は京都、宮城、愛知を経て、福島を巡回中。3万人以上を動員している。「こんなに愛されるイラストレーターは後にも先にもいないかもしれないね」と語る盟友・南伸坊と安西水丸のイラストレーションの

MUNIEQのテトラドリップ、Akihiro Woodworksのジンカップ、SOTOのバーナー|前田司郎

 屋外でコーヒーを淹れるようになって5年くらい。持ち運びやすい道具を探していったらこういうセットになりました。MUNIEQのテトラドリップは3枚にばらせるので持ち運ぶのにぴったり。断面が尖っていたのをヤスリで削って滑らかに安全にカスタマイズしました。SOTOのガスバーナーはゴトクを折り畳んでしまえます。割れにくく、手に熱が伝わりにくい木製カップは、鹿児島Akihiro Woodworksのもの。冬

風流とんかつ 奥三河の味噌カツ定食

 もう随分前のことになるが、舞台の公演が近づくと毎日のように渋谷にあった〈花〉という喫茶店で台本を書いていた。僕は歩きながら考える癖があり、雨の降ってない日は家から渋谷まで片道1時間くらいかけて往復していたのだが、その頃から気になっていた店がある。
 つまり二十年近く気になっていた。それだけ気になるなら入れば良いのにと思われるだろうが、タイミングというのは中々合わないもので、もしかすると、お互い好