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荒川

サンクトペテルブルク

1837年、ロシアの詩人プーシキンは美貌の妻にちょっかいを出し続ける馬鹿野郎に決闘を申し込み、相手のピストルに撃たれた傷が元で死んだ。今日、そのプーシキンが息を引き取った家で俺はいくつか詩を読んで、オペラを聴いて、どでかいロシアのコース料理で真っ赤なスープを飲んだ。血の色はビーツのスープ。街を案内してくれた学生時代の後輩はトランペッターから外交官になった。築200年のアパートメント、天井の高い部屋

僕はダメな人たちと同じ目線で、ダメな人たちを描きたいと思ってる。

 数年前、園子温監督が「80年代の自主映画はすさまじかった。例えば——」と言って教えてくれたのが、藤田容介(当時は秀幸)監督だった。藤田容介は1987年に『虎』でトリノ映画祭8ミリ部門グランプリを受賞し、自主映画界を席捲して、その後〈大人計画〉の舞台映像を手がけたり、『グループ魂のでんきまむし』を監督したりしてきた。ところが、いわゆる商業映画として発表した作品はこれまで2008年公開の『全然大丈夫