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映画音楽界の巨匠、モリコーネはなぜ愛される?作曲家・海田庄吾が解き明かす

2020年に91歳でその長い映画人生に幕を下ろした映画音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネ。生涯に手がけた映像作品はなんと500本にも上るが、その中から日本初公開となる2本の特別上映が決定した。彼の音楽に感化されて映画音楽家を志したという海田庄吾に聞いた、モリコーネが愛されるその理由。

text: Katsumi Watanabe / edit: Emi Fukushima

映画音楽界の巨匠が手がけた2作品の特集上映が決定!

4月19日、新宿武蔵野館ほかから『永遠のフィルム・マエストロ エンニオ・モリコーネ特選上映』が始まる。映画をはじめ、生涯に手がけた映像作品が500本にも上るという映画音楽界の巨匠。

ドキュメンタリー『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(2021年)でも描かれた通り、オーケストラを配した楽曲はもちろん、マカロニウエスタンで顕著に使用される“ビョン、ビョン”という音が印象的な口琴を使用するなど、実験的な方法で劇伴を付け、音楽で映像作品の魅力をより引き立てている。

「僕はモリコーネとバーナード・ハーマンでできている」と公言する映画作曲家の海田庄吾に、改めて、どこか読めない巨匠の才能について聞いた。

「初めて衝撃を受けたモリコーネ作品は12歳の時に観た『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)です。映画館の音響で、オーケストラのメインテーマを聴き、その迫力に痺(しび)れました。中でも『Cockey's Song』は、聴いたことのない音色で奏でられていましたが、哀愁溢れるメロディが耳から離れず、すぐにサウンドトラック盤を買い、調べてみると、パンフルートという木管楽器が用いられていることがわかりました。

それから、夢中でモリコーネが劇伴を担当した映画を観まくりましたが、もう聴いたことのない音色や楽器だらけ。掘り進める中で出会った『ゼロの世代』(64年)は民族楽器から楽器以外のものまで使って劇伴を作っているということがわかった。僕自身、幼い頃からクラシックピアノやバイオリンを習っていたせいもあり、楽譜通りに演奏することがすべてだと思っていました。しかし、モリコーネの音楽に対する自由な発想に感化され、自分も映画音楽家になることを決めたんです」

なんでも楽器化する実験性も

『夕陽のガンマン』(65年)から『ニュー・シネマ・パラダイス』(88年)まで、数多くの名曲を残しているモリコーネ。作曲家としての特色は?

「有名な『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』のオープニングテーマのように、音楽を強く出すことによって、作品の個性を、完全に決めてしまうことがある。もちろん、セルジオ・レオーネ監督と相談して使ったんだと思いますが、これほど映画全体に影響を与えた音楽は珍しいと思います。すごく大胆で、責任感を背負う仕事ですが、今では立派な古典になっていますね。また、モリコーネは編曲家としても、もちろん素晴らしい。同じキャラクターやシチュエーションごとに同じメロディを繰り返すライトモチーフも意欲的に取り込みます。中でも、僕は『ロリータ』(97年)がわかりやすく、明確だと思う。同じメロディを主人公にはチェロで、ロリータにはフルートでというように、キャラクターの性格に合った楽器に置き換えてメロディを作っていて、ストーリーテリングとして音楽が重要な役割を果たしています。また、クラリネットやサックス、オーボエといった、直接息で奏でる木管楽器を用いるのもモリコーネの特徴。情感をダイレクトに伝えるシーンでは効果的なんですよね」

映画への愛に溢れた配慮も、また海田さんへ影響を与えている。

「モリコーネは、本当に幅広い作品の劇伴を担当していますが、必ずどんな映像にも意志のある音を付けていると思います。アクションからコメディまで、ジャンルを問わず、彼の劇伴のすべてが“愛の音楽”だと考えていて。常に映画全体のことを考え、どんな音が作品に効果を与えるか常に考えているんじゃないかな。人間ドラマでは、セリフや効果音と被らないよう、少しだけ音楽を引かせるところもあって。小さな音でも、楽曲として成立するように作曲しようという心配りを感じます。僕自身、最近劇伴を担当した映画『水平線』(2024年)では、ピアノとバイオリンのメロディに、炭を叩いたり、こすったりした音を足して、曲を完成させました。モリコーネのように、ある音を意識的に鳴らすことで、潜在的にそのシーンや作品へ奥行きを出せたと思っています」

『永遠のフィルム・マエストロ~』では、実際に起きた冤罪事件を基に、サスペンス色を加えた名作『死刑台のメロディ 4Kリマスター・英語版』(1971年)、そして、ストライキを指揮する女性労働者と相対する工場長による禁断の恋愛が描かれる『ラ・カリファ』(70年)の2本が上映される。

「両方ともに個性がありますが、まずは『死刑台~』のメインテーマ『勝利への讃歌』に、アメリカのフォークシンガー、ジョーン・バエズを迎えている点です。今では当たり前になっている映画主題歌ですが、モリコーネが劇伴を務めた作品には、非常に珍しい。これはおそらく、作品自体のテーマを踏まえて、メッセージ性の高い歌詞の連呼が効果を生むと考えたんでしょう。そして『ラ・カリファ』は、音楽的に映画の主題でもある“女性の強さ”“平和”“愛”という3つのテーマがあって。ラブシーンに“女性の強さ”を充てることで、その場面は女性の目線で描かれていることがわかる。それ以外にも、劇伴がかなり演出的に使われています。この作品は、日本未公開で、学生の頃に輸入盤ソフトを観たきりで、わからないシーンもありました。字幕付きでやっと観ることができて、個人的には嬉しい作品です(笑)」

現在、サウンドトラックがサブスクで注目を集めたことで話題になり、アナログ化されるケースが多い。映画音楽を聴く人が増えた理由とは。

「作曲家からすると、主題歌などは押しつけがましさはあるものの、劇中の音楽はキャラクターやシーンを生かすよう、少し引いて作るため、聴く人の日常の風景に溶け込みやすいのかもしれません。また、オーケストラで現代音楽をレコーディングするためには予算が必要ですが、映画のサウンドトラックならクリアできる。ダイナミックな音楽への欲求が高まっているのかもしれません」

映画作曲家・海田庄吾さんが選ぶモリコーネの名サントラ5選

エンニオ・モリコーネ特選上映

『ラ・カリファ』

『ラ・カリファ』
©1970 RTI

1970年製作の伊・仏合同作品。監督・脚本をアルベルト・ベヴィラクア、主演をロミー・シュナイダーが務めた。かつての仲間だった工場長とストライキの女性リーダーの禁断の恋を描いた社会派メロドラマ。「ライトモチーフを効果的に使い、物語を誘導していくところが見どころ。2回目に観るなら、音楽に注視してみても面白いと思います」(海田)

『死刑台のメロディ 4Kリマスター・英語版』

『死刑台のメロディ 4Kリマスター・英語版』
©UNIDIS JOLLY FILM

1972年公開のイタリア映画。監督・脚本がジュリアーノ・モンタルド、出演はジャン・マリア・ヴォロンテなど。1920年、実際にボストンで起きたイタリア移民差別が原因となった冤罪事件を描いたドラマ。「モリコーネは、声を楽器と並列に使うことはあっても歌を使った演出は珍しい。ジョーン・バエズは劇中歌『サッコとヴァンゼッティのバラード』も担当」(海田)

『永遠のフィルム・マエストロ エンニオ・モリコーネ特選上映 Morricone Special Screening×2』
2020年に91歳でその長い映画人生に幕を下ろした映画音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネ。キャリアの中で500作品以上もの映画・TV作品の音楽を手がけ、その中から日本初公開となる『ラ・カリファ』と、『死刑台のメロディ 4Kリマスター・英語版』の2本が厳選して上映される。4月19日から新宿武蔵野館のほか、全国の劇場で巡演を予定している。