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中山

中部:イタリアの背骨、アペニン山脈の 山、丘陵地、畜産と食。

日本と同じく、海に囲まれていても中山間地が多いのが中部イタリア。海岸で魚介スープを食べているかと思えば、内陸は一気に山の料理に変わる。家畜には牛も羊もヤギもいるが、南に近づくにつれて羊のチーズ、羊肉料理が目立ってくる。小麦は軟質小麦も硬質小麦も、両方のパスタが味わえる。油脂は動物性のバターからオリーブオイルへ。ラードを使う料理も魅力。植生の境目が様々な形で料理に表れているのが、中部料理の面白さ。

【大山】「ホーボー」の2人、 大山の商店街を歩く。

江戸の五街道の一つ、中山道の江戸から1番目の「板橋宿」(現在の板橋区仲宿周辺)は、旅人たちで大きな賑わいを見せた宿場町。現在の大山駅から西へ延びる「ハッピーロード」はその中山道から分岐した(旧)川越街道に沿って自然発生的に生まれ、第二次大戦後に発展した商店街。周辺には富士山へ通じる富士街道、鎌倉へ通じる鎌倉街道なども交差しており、まさしくジャンクションとして人々が行き交ったエリアだった。

モノクローム好き。

日本の近代絵画は西洋からの刺激で発展したが、それ以前の絵に影響を及ぼしたのは中国の美術。鎌倉末期に禅宗とともに伝わった水墨画は、「簡素で地味だけど、わかる人にはわかるよね」というスノッブさで、禅に心酔する室町将軍家に愛された。理想の風景を表現した山水画、禅の悟りを絵で伝える禅画、俳人による文人画などが描かれたこの界隈で、最もリスペクトされたのは中国・南宋時代の画家、夏珪や牧谿。京都の相国寺からは、

世界はグラフィカルだ!

クレヨンを手に入れた子供が太陽と山と木と花を描くような愛着や、「大自然の姿は共感を得やすいよねー」という策士の目でもって、日本人は自然に親しみ、四季の景色を描いてきた。では明治維新後、新たな日本絵画を創設しようともがき続けた画家たちは、自然をどう描いたのだろう。菱田春草や速水御舟や福田平八郎は、徹底した写生や西洋の遠近法を取り入れた三次元的描写を経て、琳派の色彩や意匠を研究。平面的で装飾的な画面を

白羊道柴燒麻

 オーナーの陳婉玲さんが屋台や宅配を始めてから16年。店を構えて8年目の〈白羊道〉はいつも行列が絶えない甘味処。厨房で伝統的な餅作りに励むのは劉政瑋さん。「すべては自然から始まり、自然に還る」という考えのもと、材料はすべてオーガニックにこだわる。有機米を粉状に擦って水分を抜いた後、ペースト状に。決め手は湿度に合わせた水分調整。蒸した餅を一つずつ丁寧に丸めていくことで、水分をたっぷり含みながら弾力が

SPRING SCREAM

 4月5〜7日の3日間、今年でなんと24年目を迎えるインディーズロックフェスが開催予定。今回は場所を移動して、台湾小墾丁渡假村で開催。5つ以上のステージが現れ、国内外200組以上のバンドが参加、観客の数も3日間で延べ6000人を超える。この時期になると墾丁の街は大渋滞。近隣では便乗した課金制の類似イベントも行われるので、要注意。