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鎌倉

町のワイン食堂。

下町の路地裏で、極厚ビステッカを食らう。

オーナーシェフの大沼清敬さんが、「これを食べてもらいたくて店を作った」と言う一品がブラックアンガス牛の炭火焼き。フィレンツェの流儀そのままにTボーンを30分以上かけて焼くことで余分な脂を落とし、肉の旨味を際立たせる。ワインセラーには100種以上のイタリアワインがあり、解説タグが付いているためセラーに入って自分で選んでもOK。焼き上がりを待ちながらワインを

最初に感動していたことが 日常になって見えるもの。

10年修業組が帰国の兆しを見せた先駆けは〈オルトレヴィーノ〉である。食材、惣菜、ワインが買えて、バールもリストランテも地続きのエノガストロノミア。イタリアの街場にある、しかし日本では見慣れないこの形態を鎌倉へ持ち込み、今年で10年目を迎えた。
 
シェフの古澤一記さんは「料理もワインも同等に、高い次元で修得する」ため、イタリアで必要な経験を逆算。最初は料理人としてシェフも務め、次に3ツ星〈エノテー

子供の頃は、誰でも小さい生き物が好きですよ。|養老孟司

 生まれは鎌倉です。母が2度目の結婚だったので父親違いの姉と兄がいました。父親は三菱商事に勤めていて、鎌倉に住んでいた理由は結核の療養。お袋は医者でした。お袋の家に親父が書生としていたんですよ。まあ、だいたいどうなったかわかるでしょ?(笑) だからお袋の方が親父より9つ年上なの。子供時代はまあ普通でしたよ。僕らの頃は近所のガキが一緒になって遊んでいた。地域ごとにグループがあって、うっかりほかのグル

進化する信楽のギャラリーで器探しの旅。

思い思いのスタイルを探したい、製陶所をリノベして開いたショップ。

グラフィックデザイナーとして活躍後、信楽へUターン。〈NOTA&design〉として、妻の佳世子さんとともに作品を発表してきた加藤駿介さん。「デザインに興味を持ったのも信楽だからこそ。いつまでもあり続けてほしい」との思いからショップを構えた。器からオリジナル、古道具までを揃えビジターにも地元にも双方向にスタイルを提案する場所に。

【大山】「ホーボー」の2人、 大山の商店街を歩く。

江戸の五街道の一つ、中山道の江戸から1番目の「板橋宿」(現在の板橋区仲宿周辺)は、旅人たちで大きな賑わいを見せた宿場町。現在の大山駅から西へ延びる「ハッピーロード」はその中山道から分岐した(旧)川越街道に沿って自然発生的に生まれ、第二次大戦後に発展した商店街。周辺には富士山へ通じる富士街道、鎌倉へ通じる鎌倉街道なども交差しており、まさしくジャンクションとして人々が行き交ったエリアだった。

親愛なるセルジオ・メンデスに、東京でモーニングコーヒーを!

コンピレーションの選曲や執筆など、ブラジル音楽に造詣の深い〈カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ〉の堀内隆志さん。長年憧れだったというセルジオ・メンデス御大が日本滞在中ということで念願の初対面。熱い思いを抱きながら、渾身のコーヒーを淹れることに。用意したのはブラジル・フルッタメルカドンというフルーティなコーヒー。目の前で豆を挽き、ドリップをしてインタビューが始まった。

ヴィンテージの器と水仙。

パックリ開いた白い魚の口から、ニョッキリ生える黄色い「ダッチマスター」。どこかユーモラスでキュートなその姿は、「生け花」でも「フラワーアレンジメント」でもなく、「好きな花を選んで、好きな器に入れる。それでおしまい」と笑う岡尾さんらしさに溢れている。花器として使うには少し難しそうな、こんな個性的な器に花を飾っても、そこに“気負い”は一切ない。
「柄のある器に飾る方が好き。たまたまそこにあった、という

曜変天目、はじめの一歩。 Q&Aで学ぶ基礎知識。

A:宋の建窯で焼かれた、斑文と光彩を持つ黒釉茶碗。

歴史の中で「曜変」の名を与えられてきた茶碗は3つだけではない。なるほど、見た目がキラキラしたものもあれば、錚々たる美術館の所蔵品もある。それらと、国宝の3碗は何が違うのか。「厳密に定義するなら、国宝に指定された曜変天目3碗に共通する条件すべてが揃わないと、曜変天目と言えない」と小林さん。「①宋時代の建窯(現在の福建省南平市建陽区水吉鎮)で作られ