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上田

“イタめし”ブームの立役者、 現役ベテランシェフ、大いに語る。

イタめしブームのはしりは、1985年にオープンしたニューヨークスタイルの劇場型店舗〈バスタ・パスタ〉だった。シェフを務めたのは山田宏巳。華やかで軽やか。堅苦しいマナー不要の、まさに新時代の幕開けだった。
 
あれからン十年。日本のイタリア料理は激しく多様化が進んでいる。今も現役であり続ける、歴史の証人3人が怪気炎を上げる。

アマ・ダブラム紀行。

いったいこんなところで何をしているのだろう。足を止めるとそんな事ばかり考えてしまう。標高6500m、全てが凍る極寒の世界。真っ暗な闇の中、僕は命さえ落としかねない垂直の氷壁に必死でしがみついていた。極端に薄くなった空気が肺を握り潰し、ほとんど呼吸が出来ない。上を見上げると氷の壁はどこまでも続き、その先は暗闇に消えている。それでも、その向こう側に必ずある頂を目指し、ヘッドライトの光を頼りに弱々しい足

べらぼう凧

秋田県/能代市

力強い独特の画風で知られる、秋田県能代市の凧。その歴史は古く、かつて坂上田村麻呂の軍勢が淳代地方の蝦夷征伐を行った際に、空高く舞い上がった凧を目印に入港した、という伝説があるほどです。今から350年ほど前の徳川4代将軍・家綱の時代には、子供はもとより大人もみなで凧揚げを楽しんでいたそうです。明治に入ると、才能あふれる職人が多く現れ、歌舞伎絵や恵比寿、そして「べらぼう」と呼ばれる絵

ビジュアルコミュニケーションに最適なジラードのカードゲーム。| 上田壮一 (Think the Earthプロデューサー)

色鮮やかな柄と愛らしいイラストがちりばめられたカードたち。これは、アレキサンダー・ジラードが手がけたテキスタイルやグラフィックが使用されたメモリーゲームだ。上田壮一さんの息子・恒太くん(5歳)が生まれる際、友人からいただいたものだという。久々に取り出して遊んでもらうと、3戦2勝で恒太くんの勝ち。やはり子供は強い。

「僕はもともと絵本が好きで300冊くらい持っているんですが、このメモリーカードも僕

テーマ〈沖縄〉

やつい 沖縄行ってましたよね?
宮沢 舞台『夏の終わりの妹』のためにね。大島渚の『夏の妹』っていう映画があって、沖縄を舞台にしているんだけど、あれは返還直後に撮りに行ってる。そういうタイミングを狙うんだよね、大島さんって。それで変なものを作っちゃったっていう(笑)。
やつい 作品として固まる前に、タイミングで撮りに行っちゃった。
宮沢 震災の次の年だった。みんなが支援とかで北へ北へと行っているとき

見ることと、見つめること。|上田義彦

 僕の部屋には、上田義彦さんの写真が、壁に掛けてある。屋久島の森の景色を撮影した「Materia」というシリーズの写真だ。確かそれは、屋久島の森を訪れて、最初に撮った写真であると上田義彦さんは話してくれた。毎日、朝起きた時と、夜寝る前にその写真を僕は見ている。見るたびに昨日と違った何かを発見し、はじめて見た時のような気持ちになる。そして、それが何かを自分の心のなかで思い耽る。そんなふうに写真はいつ