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浅草

独立国家ナイツ。

萩本欽一、ビートたけしらを輩出した昭和の薫り漂う芸人の街・浅草。ここをホームベースとするのは東京漫才の正統派といわれるナイツ。「君たちは浅草が向いてる」という当時の所属事務所社長の鶴の一声で内海桂子師匠に弟子入り。半ば「ギャグのつもり」もありつつ「女の子にワーキャー言われるんじゃないか」と行ったことも見たこともない浅草に足を踏み入れた。それから15年。今や浅草の顔となった2人を直撃すると……。

淡い連帯/喫茶店の守護神|平松洋子

 ほとんど毎日、住んでいる町のどこかの喫茶店に寄る。仕事の合間、休憩を兼ねて散歩に出るのが習慣なのだが、さて今日はどこに入ろうかと自分の気分を探りながら歩くのがまた楽しい。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 十年一日のごとく同じ挨拶だけれど、交わす一瞬の視線にぽっと灯りがともり、言外にお互いの元気を確かめ合う。でも、それ以上のことは何もない。マスターが淹れてくれる熱いコーヒーを相手に、ただぼんや

ブロンディ|ナイツ

塙宣之(写真左) 漫才協会に入って15年、ほぼ毎日来てるね。
土屋伸之(写真右) そしてこの席は600回以上座ってるね。
塙 だって、演芸場にズバ抜けて近いからね。徒歩10秒。
土屋 浅草の喫茶店は定食系が充実してるのもいいね。
塙 ここは、焼うどんも旨い。
土屋 浅草の芸人はだいたいみんなここでネタ書いてるよね。
塙 ナイツのネタも8割はここで生まれた。あ、ツーライスだ。
土屋 あぁ、あの2人、

目の前にあると危険なほどの、白いフワフワを食す幸福感。|尾上松也

 ソフトクリームや生クリームなど、白くてフワフワしたものを見ると、非常に、気持ちが高ぶります。好きなのはなるべくゴチャゴチャしていない、シンプルな乳製品。クレープならチョコ生クリーム、ショートケーキはイチゴなしでもいいくらい。楽屋見舞いとして高級品をいただくこともありますが、ミスタードーナツのエンゼルクリームなんかも好きですね。とにかくそばにあると食べてしまうので、なるべく目の前に置かないように、

Hender Scheme|靴職人と密に関わるその意図は?

 革靴製作には、木型、吊り込み、中底など数多くの工程があり、それぞれに専門の職人が存在し、分業制が基本となっている。その職人たちの技を借り、一つにまとめ上げるのが靴デザイナーの役割だ。2010年に革靴をメインに展開するブランド、エンダースキーマを立ち上げた柏崎亮も、まさにその一人。現在は、東京の皮革産業の街として知られる台東区田原町にアトリエを構え、国内外でも人気を集める。なかでも、名作スニーカー

井上さんがいなかったら、僕らは潰れてたかもな。|伊東四朗

 浅草でコメディアンをやって、日劇に行くのが一種のステータスでした。ですから一番嬉しかったのは日劇に出られた時。今は亡き初代三平さんに引っ張られてね。その後、日劇に随分出してもらえるようになりました。劇団ではみんな昼間の芝居が終わると夜はキャバレーでコント。戸塚睦夫と石井均さんがコンビで夜の仕事をしていて。ところが劇団が大きくなって、石井座長が夜の仕事はしないと。戸塚が困って、隣の劇場の三波伸介に

時給30円のやつが、正社員を断ったのは初めてだって。|伊東四朗

 学校でバレーボール部を一緒に作った松野ってやつに文才があって、一緒に台本を作ろうとクラス内演劇部を始めました。演劇は好きでしたが、自分がやるのは学校だけで、プロになろうとは思わなかったですね。当時は一般家庭と芸能界にはすごく距離があって。テレビもなく映画と舞台だけですから。それで高校卒業する時に就職試験を受けて。みんなは受かって、私だけが残っちゃった。挫折でしたね。一社でも受かっていたら、今、定

浅草〈あづま〉の「純レバ丼」

 浅草で寄席・お笑いライブがあると、どこで食事をするか迷います。ただおいしいお店ではなく、味わいのあるお店が多すぎて。洋食屋・喫茶店・赤ちょうちん・謎のお店……。そんな中、2回に1回ほどの割合で足が向いていたお店が、町中華の〈あづま〉。“きたないけどおいしいお店”を紹介するバラエティ番組のコーナーにも登場した、その最たるお店。色んな調味料や油のエキスを吸った薄汚れた値段表、そこに書かれた看板メニュ