「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:トヨタ2000GT

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第34回。前回の「三菱ジープ」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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「日本一カッコいい男」が007に紹介したクルマ

その昔、「サチオ」と呼ばれた男がいた。レーサー福澤幸雄である。

父はフランス文学者、母はギリシャ人オペラ歌手、曽祖父は福沢諭吉。1943年にナチスドイツ占領下のパリで生まれ、カルチャー偏差値の高い家庭に育つ。高校生の頃から赤坂のクラブや六本木の〈キャンティ〉といった大人の社交場に出入りし、文化人や芸能人などと交流を持った。とにかく、顔はハンサム、スーツはビシッと着こなし、多趣味で博識。

ハタチそこそこの学生ながらアパレルメーカーのクリエイティブディレクションも担当し、年上のファッションモデル松田和子と恋仲になってパリで同棲するなど、何もかもが早熟の男だった。当時のメディアは「日本一カッコいい男」ともてはやし、サチオは「カッコよさとか孤独などというものは、観る側の勝手な想像であり私とは無縁だ」と語っていたという(その返しもカッコよすぎだが)。

1964年、慶應大学3年生になるとフランスへ遊学、モータースポーツを極めるためマニクールのレーシングスクールに通いテクニックを身につける。翌年帰国するといすゞのクラブチームの一員となり、レーサーデビュー。ベレット1500を駆って好成績を収め、トヨタチームから声がかかる。そして66年、トヨタのドライバーとして鈴鹿1,000㎞レースに出場、開発されたばかりの2000GTで初優勝を飾った。

一方この頃、『007は二度死ぬ』(1967年)のロケが日本で行われるのだが、ジェームズ・ボンドの「ボンドカー」として2000GTが使用されることになる。当初はシボレーカマロの予定だったが、監督と親交のあったサチオが「日本が舞台なんだから日本車を使うべき」と進言したからだったという。しかし、ボンド役のショーン・コネリーは大柄であり、撮影のしやすさからもオープンカーがマスト。トヨタは2000GTのオープン仕様を急遽制作、走行シーンはサチオの運転で撮影したそうだ。

1969年、サチオはトヨタ7のテスト走行中に突然マシンコントロールを失い標識に激突、25歳でこの世を去った。〈キャンティ〉で知り合い、青春時代を共に過ごしたムッシュかまやつは「ソー・ロング・サチオ」という曲を捧げた。

まだ生きていたら81歳か。

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