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パリ

ナイキが外部クリエイターと 積極的にコラボする理由。

スポーツ用品ブランドとして世界一の売上高を誇るナイキ。その存在感はスニーカーシーンでも圧倒的だ。とりわけ近年のナイキは、ファッションやアートの分野で活躍する外部のデザイナーやアーティストと積極的にコラボレーションを展開。その相手は、オフ−ホワイトのヴァージル・アブロー、アクロニウムのエロルソン・ヒュー、サカイの阿部千登勢、アンダーカバーの高橋盾など、いずれも業界を代表するトップクリエイターばかり。

粉にこだわるピッツァとパスタ。

〈浅草開化楼〉と共同開発した絶妙バランスの低加水パスタ。

シチリア修業時代、現地の生パスタの食感に感銘を受けたシェフの樋口敬洋さん。帰国後、自家製に挑戦するもなかなか再現できず、製麺会社〈浅草開化楼〉とタッグを組み、低加水パスタを開発。通常加水率40~50%で作るところ、約30%に抑えることで、樋口さんが求めていた歯切れの良さとモチモチ感が融合する麺が完成した。ディナーメニューの定番は、辛めのア

Lucidity & Intuition: Homage to Gertrude Stein(2011)|スーザン・ヒラー

「ガートルード・スタインへのオマージュ」と題されたこの作品。アール・デコ調のライティングデスクには、取り出すのが難しいほどにギュギュッと本が詰まっています。小説家でありアートコレクターでもあったガートルード・スタイン(1874〜1946)の思想や生き方を、この机一つで体現するかのように。スタインは当時、いち早くピカソやマティスらの絵に理解を示し、作品を収集し、アーティストを支援したことでも知られて

元シリア兵が見つめる、 創造と破壊、希望と地獄。

ベイルートは今でこそ、近代建築が立ち並び、中東のパリといわれていますが、1975年から90年まで長い内戦が繰り広げられていました。そこで同じく内戦を経験したシリア人移民や難民の労働者たちが、建築ブームに沸く海岸沿いで劣悪な環境で働いています。亡命した元シリア兵の監督(*1)がその事実と向き合ったドキュメンタリーです。

自分の作品は全部ね、まだ終わっていないんです。|松本零士

本当にインキンタムシが助けてくれたんですよ。漫画を描くときの目的意識をはっきりさせてくれました。それ以来、ずっと描いています。自由業ですからね、退職金もない、最後まで働かなきゃいけない。けれどガキの時から宇宙を飛ぶことが切なる思いですから。この地球を見てからあの世に行きたい。今までは残念ながら1万6000mまでしか行ったことがないんです。コンコルドを操縦させてもらいましてね、パリからリオデジャネイ

これからも、日本アニメは“クール”でいられるか?

昭和から平成にかけて、日本は他に類を見ないほどのアニメ大国になったわけですが、そこに至るまでには4つの波がありました。1つは、戦後に生まれた劇場でのアニメーション映画。2つ目は、『鉄腕アトム』をはじめとするテレビアニメの放映。3つ目が、1990年代の、OVAと呼ばれる映像ソフト(VHS、LD)の登場。そして4つ目の波が、インターネットを通じての動画配信です。
 
日本アニメのバリエーションが急増し

ジャン・ジレル

馬や羊が草を食み、ロマネスク教会が佇むブルゴーニュ地方の小村に、アジアの秘宝「曜変天目」を探求し続ける陶芸家、ジャン・ジレルさんと妻のヴァレリー・エルマンさんが住まう。

「ここは、昔から煉瓦作りをしていた土地。まずはこの環境を見てほしい」と、丘陵を見晴らすテラスでジレルさんは言う。鉄分の多い煉瓦の材料の赤土と粘性の高い黄土に恵まれ、豊富な湧き水を湛える井戸もすぐそばに。森林整備も兼ねて、裏山の豊

燭台切光忠とピエール・ジャンヌレ。

焼損という状態から美術品としての新たな評価を再び取り戻した《刀 燭台切光忠》。同じく、一度は失われたかと思われた価値が再発見された物語を持つ椅子があることをご存じだろうか。
 
椅子の作者、ピエール・ジャンヌレは1896年にスイスのジュネーヴで生まれた建築家。近代建築の祖であるル・コルビュジエのいとこにあたる。2人がともに携わったのが、1951年から始まった、インド・チャンディガールの都市計画だ。