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漫才師

平山夢明

 ヅカ石ヘド彦。誤記ではない。ヅカ石は、「元漫才師で今は主にグルメリポーターをやっているオーバーオールのデブ」。小説『反吐が出るよなお前だけれど……』では、「ラーメン屋〈中華コリーダ〉」を、彼がディレクターと取材のための試食に訪れる。もとより店員夫婦もただものではない。「コイカタオオメノブタマシ?」、そして、「どぶどろ? どぶどろのぶろどろ?」「どぶどろましましのどろどろましましぶろぶろ?」と、ど

エンタツ・アチャコから知ってます、僕は。|糸井重里

エンタツ・アチャコ(横山エンタツ・花菱アチャコ)を聴いたのはいくつの時だっただろう。小学校に入る前かな。「むちゃくちゃでごじゃりまするがな」ってアチャコのギャグが流行ったんですよ。テレビなんてまだない時代。ラジオの時代です。
 
で、昭和30年代。僕が小学生だった頃。中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいし、秋田Aスケ・Bスケ。子供たちを含め漫才が爆発的に広まったんです。まだテレビ前夜。その

ブロンディ|ナイツ

塙宣之(写真左) 漫才協会に入って15年、ほぼ毎日来てるね。
土屋伸之(写真右) そしてこの席は600回以上座ってるね。
塙 だって、演芸場にズバ抜けて近いからね。徒歩10秒。
土屋 浅草の喫茶店は定食系が充実してるのもいいね。
塙 ここは、焼うどんも旨い。
土屋 浅草の芸人はだいたいみんなここでネタ書いてるよね。
塙 ナイツのネタも8割はここで生まれた。あ、ツーライスだ。
土屋 あぁ、あの2人、

何もしなくなったら、死んでんのも一緒だからね。|内海桂子

 芸歴っていうと16歳でプロ漫才師になってもう75、76年。仕事も時代も変わりましたよ。了見が変わった。今子供に親が何か言ったり、先生が何か言ったりしても理屈だけなんですよ。本当に子供に子供のことをわからせたかったら、子供たくさん産んで、子供の中に放り込んどけばいいんですよ(笑)。わかるでしょ。ちっちゃい子がどうしてるか。そういうのをちゃんと見れば、自分の立場を自然とわきまえて気をつけようと思うは

学校はあまり行ってないけれど、私は勲章までもらえたの。|内海桂子

 昭和22(1947)年頃、浅草を通った時、女中さん募集の貼り紙を見て飛び込んだの。「よかったら夜来てみなさい」って。家に帰ってお召しの着物に替えて戻ったら、上が料亭、下がキャバレーなんです。だから上、下で稼いだんですよ(笑)。自分でもほんとにびっくりしましたよ。客のアメちゃんが、私のことを指名してね。「桂子いるか?」ってね。でもやっぱり根っからの漫才師だから、世の中落ち着いてきたら、いざまた誘わ

「見えないからこそ想像力を刺激される。 ラジオのあの感じが楽しいんです」宮藤官九郎

ラジオの不親切さが好きです。

僕がラジオに夢中になったのは中高生の頃。
『オールナイトニッポン』でビートたけしさんは
僕が見たことも聞いたこともない人の話をして、
一方、とんねるずはといえば、テレビでは絶対に見せられない
投稿写真をネタにラジオの向こう側で、毎週爆笑していました。

「早く寝ろ!」と親に叱られながらも、
布団のなかでヘッドホンして「俺も見てぇ!」と
歯嚙み、想像するしかなかった。