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戦時中

『ワークウェアは人と本質的に繋がった衣服だと思う。』ヘロン・プレストン/HERON PRESTON

 2016年、ニューヨーク市衛生局のために「無駄のない生産」をテーマにしたユニフォームを製作したのに続き、Carhartt WIPやCATとのコラボを発表するなど、作業服と常に密接に関わり、様々な活動を続けるヘロン・プレストン。建設労働者や交通機関の従業員などストリートや公共施設で働く人たちが身に着け、実際に使っている作業着への思い入れが人一倍強いデザイナーだ。

「ワークウェアと聞いて、真っ先に

『使い方次第で、どんなものもワークウェアになり得る。』ブレンドン・バベンジン/NOAH

 ストリートブランドでありながらテーラードジャケットを作ったり、フォーマルな生地にこだわるなど新しいストリートウェアの形を提案し続けるNOAH。そのファウンダーのブレンドンのワークウェアの定義はとても自由だ。

「ワークウェアといえば、建設現場などで穿かれるカーペンターパンツみたいに、実際に仕事をする職人たちのために作られたアイテムを思い浮かべる人が多いと思うけど、僕の場合は、アイテムの使われ方次

盛って描くかリアルを残すか、 男たちの顔面決戦。

平安時代、礼拝や尊崇の対象として描かれたのが貴人や高僧の肖像画。やがて写実的な墨描きポートレート「似せ絵」を経て、中世には天皇や武士など権力者の肖像が描かれ始めた。
 時の大物の絵とあらば、求められたのはリアルな姿より、本人や発注者にとっての理想像だろう。抑えた表現で気品と威厳を描き出した《伝源頼朝像》はいかにも人格者に見える。《鷹見泉石像》は、蘭学の弟子(渡辺崋山)が師匠(泉石)を描いたものだか

もっと知りたい、ミッドセンチュリーデザイン。

デザイナーたちの活躍の背景には、戦争をはじめとする社会環境と、歴史の流れがあった。名作の誕生は、時代の必然でもあったに違いない。

1950年代前後のアメリカは、デザインを取り巻く環境に独特のものがあった。中でも重要なのは、45年に終結した第二次世界大戦だろう。戦勝国か敗戦国かにかかわらず、この戦争は世界中の国々に絶大なダメージをもたらした。しかし数少ない例外として、戦後すぐに勢いを回復したのが、

戦後日本において自民党はどう歩んできたのか? | 田中秀征 × 西寺郷太

「戦後日本を指導した政治家たちにまつわる本を紹介してほしい」。政治について独特な視点を持つミュージシャンの西寺郷太氏にそんなオファーをしたところ、返ってきた答えは「今、僕が政治について語るなら、『自民党本流と保守本流 保守二党ふたたび』を書いた田中秀征先生と対談したい」というもの。かくして、実現したこの対談。テーマは自民党の立役者たち。

花蓮文化創意產業園區

 3・3ヘクタールの広大な敷地に、酒造工場や倉庫だった26棟が立ち並ぶ文化公園。戦時中の空襲で大きな被害を受けたが、今でも1920年代〜30年代の建物が一部残っている。工場の移転に伴い、放置されていたこの場所がリノベーションされ、展示場やレストラン、ショップなどからなる複合施設として生まれ変わったのは、2015年のこと。以来、花蓮の文化発信地として親しまれている。中でも、人気が高いのは、スパニッシ

TOPS SHOPS

客の入店を断る店が、鎌倉駅近くにある。国内ではここだけが取り扱っているジェームス・ロックの装飾品やヴィンテージのボルサリーノのハットなど、店主・安斎利春さんの眼鏡にかなった、確かなものだけが店内に揃う。その名店がトップスショップスなのである。

 お客だってお店を選ぶ権利はあるけど、俺だって選ぶ権利あるからね。金儲けでやってるんじゃないからさ。このカウンターに立ってるとね、「すいません、ちょっと見