キーワード

早稲田

今度やるときは勝たなきゃなぁ。戦後、親父はそう言ったんだ。|山本晋也(第一回/全四回)

 生まれは千代田区の神田。昔は神田区って言ったらしいけど。妹が3人いてね。ちょうど小学校に入ったのが戦争に負けた頃。東京の街は空襲の連続。入学する寸前にB29が低空で数百機ぐらいやってきて、空が見えないんだよ。パイロットの顔まで見えた。あの時だけは怖くてね。親父が庭先に造った防空壕に入って、妹たちの前では怖がっちゃいけないと歯を食いしばっても、歯の奥がカタカタカタと鳴るの。東京大空襲は3月10日。

女はいくつになっても女ですし、それなりの面白さがある。| 吉行和子

 アングラに移って後悔はしませんでした。どんな役でもおじけづかないで立ち向かっていく力がついたのは、早稲田小劇場で鈴木忠志さんに怒られながら受けた洗礼のおかげです。それから随分経って金八先生をやって。脚本をお書きになった小山内美江子さんから手紙をいただいてね。「民藝で真面目にやっていたあなたが、いま見るとめちゃくちゃだ」「もう一度、初心に戻ってくれませんか?」と。民藝の殻を破りたくて、あばずれの役

新劇からアングラへ行く人なんて、いませんでしたよ。| 吉行和子(第三回/全四回)

 お客さんの前で演技をしたことがなかったのに、あれが若さなんでしょうね。劇団で一番偉い方がおじさん役で出ていて、私がその人をからかうシーンがあったんです。普段は目も見られないぐらい苦手なのに、舞台では平気でできちゃう。それに一番びっくりしました。「へー、芝居って面白いな」って。主役の彼女が1週間ほどで治ったので私はお役御免だと思っていたら、「2人で交互に続けなさい」。そこから突然始まっちゃったんで

あの州の郷土料理。

シチリア住民が日々食べる、滋味深い“まかない”料理。

青く広がる海と空、開放的なシチリアの空気に惚れ込んだという大下竜一シェフ。「現地での修業時代、そこのシェフが毎日のように食べていたまかない料理が本当においしくて」。そんな“まかない”料理がこの店の原点となっている。野生のハーブ・フィノキエットやイワシ、内臓料理など、リストランテとはまた違う庶民の味は千葉県八街市の〈エコファームアサノ〉など仕入

【屈辱の町に香るバター茶】内モンゴルを味わうための語彙力とは。

 ドスの効いた怪しげなビル。「馬記 蒙古肉餅」はその五階にある。その店名からそこはかとなく漂う異国のマッサージを経由した性サービスの気配。いや、それはおのれの欲望の写し鏡か。マーキーモウコローピンと読むらしい。マーキーモウコローピン。読んだ端から覚えようという気持ちが冬の夜風に散っていく。

 それは高田馬場にあった。高田馬場には嫌な思い出しかない。大人計画を旗揚げした25、6歳の頃、この町のハン