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ナチス

もっと知りたい、ミッドセンチュリーデザイン。

デザイナーたちの活躍の背景には、戦争をはじめとする社会環境と、歴史の流れがあった。名作の誕生は、時代の必然でもあったに違いない。

1950年代前後のアメリカは、デザインを取り巻く環境に独特のものがあった。中でも重要なのは、45年に終結した第二次世界大戦だろう。戦勝国か敗戦国かにかかわらず、この戦争は世界中の国々に絶大なダメージをもたらした。しかし数少ない例外として、戦後すぐに勢いを回復したのが、

TEMPELHOFER FELD

 長さ1・2㎞とヨーロッパ最大の建築物といわれるテンペルホーフ空港は1941年、ナチス時代に改修された。戦後、冷戦下の48年に、ソ連軍が鉄道と陸路を封鎖するベルリン封鎖があり、この空港には当時、米軍が食料や物資を西ベルリン市民のために1年間、空輸した歴史がある。東西統一後2008年には空港としての役割は終了した。
 20世紀の激動の歴史の舞台となったこの空港跡地は10年5月、滑走路周りの敷地すべて

英国美術における、ミントンの英国性

 第二次大戦後、英国に強力な修復の感情、平和へのノスタルジアが生まれ、アートの領域ではナチスの空襲で破壊されることのなかった田舎、田園風景を描く動きとなって表れた。サミュエル・パーマーの神話的な田園世界がどこかでこだまする動きであったが、別の言葉で言えば、英国美術の英国性を求めるということである。この具象系絵画の若きスターが画家として、イラストレイターとして、はたまた舞台美術家として活躍したジョン

建築と土木

 3重の壁によって囲まれた人間の居住エリアと、その防衛の拠点として壁から突出して築かれた都市の形態は、近世ヨーロッパにおける戦争都市を思い起こさせます。ルネサンス時代は文化の発達によって知られていますが、オスマン帝国の伸張や都市国家同士の対立、民衆蜂起、疫病など、戦乱の絶えなかった時代でもあります。だから都市の形は戦争のエコノミーによって規定され、当時の建築家たちが残した都市のスケッチは、その輪郭

テーマ〈集団的〉

やつい 集団的競技のサッカー、終わりましたね。
宮沢 アルゼンチンを応援してたけど、面白かったのはチリだったね。しかし、アジアはまだまだだ。
やつい 人数で言えば、ダントツに多いんですけどね。言った方がいいですよね、中国に。軍事じゃなくてサッカーに力入れてよって。
宮沢 中国、アメリカからコーチを呼んで野球のチームを作ろうとしたんだよ。190㎝以上の男を集めたら、数千人集まったって。
やつい いる