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有楽町

魅惑の肉料理。

個性豊かな「モツ」の魅力に開眼するトラットリア。

ハムカツならぬ、牛の“ハツ”カツを食べられるのが、こちら。店名にある“トリッペリア”とは「モツ料理専門店」のこと。それだけに内臓料理にはひときわ力が入っていて、オーナーシェフの山内美弥さんは、信頼関係を築いた業者さんから、国産の新鮮なものだけを仕入れる。トリッパのトマト煮やモツのフリットは、丁寧な下処理を施すことでそれぞれの部位の魅力が際立ってい

占領政策で、昼間からチークダンスなんて可笑しいわ。|湯川れい子

戦死した兄の影響は大きいです。昭和18(1943)年の6月ですが、出征前に3日間泥まみれになって防空壕を掘ってくれて。その間中、口笛を吹いていて、メロディを覚えちゃったんです。父が突然亡くなり、兄も戦死。私と母は米沢に疎開して、終戦後目黒の焼け残った家に帰りました。私は体が弱くてよく熱を出していました。本が好きで熱が下がってくると少女小説とかハイネとかリルケの詩集を読むので、母に「ぶり返すから駄目

はまの屋パーラー

 有楽町駅近くのビルの地下。夫婦が営む喫茶店〈はまの屋〉は名物のサンドイッチが愛され、近隣会社員らのオアシスだった。しかし2011年、惜しまれつつも45年の歴史に幕を閉じた。翌年、ビルオーナーからの依頼を受け、その歴史と味を引き継ぎ〈はまの屋パーラー〉として復活させたのが、コーヒーにまつわる店や様々を運営、プロデュースする会社〈バードフェザー・ノブ〉だ。
「初めて〈はまの屋〉を訪れた時のままの状態

淡い連帯/喫茶店の守護神|平松洋子

 ほとんど毎日、住んでいる町のどこかの喫茶店に寄る。仕事の合間、休憩を兼ねて散歩に出るのが習慣なのだが、さて今日はどこに入ろうかと自分の気分を探りながら歩くのがまた楽しい。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 十年一日のごとく同じ挨拶だけれど、交わす一瞬の視線にぽっと灯りがともり、言外にお互いの元気を確かめ合う。でも、それ以上のことは何もない。マスターが淹れてくれる熱いコーヒーを相手に、ただぼんや

身だしなみの道具。|松浦弥太郎

 僕がグルーミングというものに目覚めたのは、中学3年生の頃。雑誌で片岡義男さんがウィッチヘーゼルを紹介していたのを見て、かっこいいなって思ったのがきっかけ。それでクレジットされていた、有楽町の〈アメリカン・ファーマシー〉ってお店に行ったんです。ここがまたすごくて。入った瞬間、アメリカに来ちゃったみたいな雰囲気なんです(笑)。おそらく在日アメリカ人たちのために、薬から化粧品、グルーミンググッズまでを

自分の皮膚感覚、子宮感覚でモノを言ってきた。|湯川れい子

モダンジャズに誘ってくれた大学生の人と結婚したかったんですが、母には許してもらえないし、相手のお父様がお医者様で、彼は医大を受け直すためにデートもままならない。コンボに行くために有楽町駅のホームのベンチでいつも待ち合わせてました。1時間以上も待ってて。今みたいに携帯電話もない時代、やっと電車から転がるように降りてきたら靴を履いていなかったんです。「親父が下にいて見張ってるから2階の窓から逃げてきた

沈黙の芝居に、限りない創造性を秘めて。|GASPARD ULLIEL

昨年のカンヌ国際映画祭グランプリに輝いた『たかが世界の終わり』は“早熟の天才”グザヴィエ・ドラン監督による新作。短い余命を告げるため、長年疎遠だった家族のもとを訪ねる寡黙な主人公に扮したギャスパー・ウリエルは、撮影を振り返って言う、「グザヴィエには明確な意志があったんだ」と。「それは観客一人一人が自分の家族について、自分の傷について考えられる、鏡のような作品を作ること」。沈黙の中に限りない創造性を

“愛”の国、アイルランドで愛を探す、少年と少女の成長物語。

 1980年代のアイルランドは深刻な不況にあえぎ、西欧で最も貧しい国の一つといわれていた。一方、デュラン・デュランなど隣国イギリスから登場したミュージシャンたちは世界を席捲し、その影響は折しも普及しつつあったミュージックビデオを通じて、アイルランドの若者たちに感染していく。『シング・ストリート 未来へのうた』は、そんな80年代のアイルランド・ダブリンを舞台にした青春音楽映画だ。14歳の少年コナーは