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Green|週末の時間が好きになる環境を求めて。 どこにいても、庭と緑が感じられる家。

別荘地で知られる神奈川県葉山町。「EAT GOOD」をテーマに食と向き合い、〈麹町カフェ〉などを手がける松浦亜季さんは、4年ほど前、東京都心部の集合住宅から、ここ葉山の家に移り住んだ。決め手はグリーン、緑豊かな環境だった。

 1970年代に宅地開発された葉山町の山あいの一角。家は築42年の木造2階建てで、敷地北側の庭は、町が所有する里山へと直接つながっている。すぐそこに聳える、木々に覆われた崖の

星野道夫の世界観を語る|養老孟司

今もいそいそと虫捕りに出かけ、子供たちを自然のなかへと連れ出す企みを実践する解剖学者・養老孟司。自然への旅を続けた星野道夫の生き方を「人には伝えられないことがある」とわかっていた人のものだったと言う。そしてその表現は、文学が本来持っていた、しかし現在は失われてしまった創造性に満ちたものだったと。
 昔はね、子供が病気で死ぬのは珍しくなかった。子供が死ぬと親は大変なショックを受ける。あの子の人生はな

歩くこと=生きている実感の喜び。大袈裟かもしれないけど本当のこと。|久住昌之

自分は東京人というのは何か違う、と子供の頃から思ってたら、多摩はその昔、神奈川だったと聞いて、僕は“三多摩原人”なんだと合点がいきました。ただそれは頭で納得しただけだから、実際に三多摩を歩いてみようと思った。歩くことって時間をかけて自分の尺度で動くこと。面白いことはどこから来るかわからない。音、張り紙、店の軒先、前からやってくる人かもしれない。でも必ずあるんですよね、急いでたら気づかないものが。武

日々の暮らしを共にし、いつしか自分と一体化した“切り離せない”存在。

「手放せない」という表現には、単に「捨てられない」とか「買い替えられない」という意味だけにとどまらない、独自のニュアンスがあるように思う。「手放す」を英語で言えば“part with〜”。「part=分ける、切り離す」だから、裏を返せばそれが「自分の一部である」ということ。さすれば、日々の暮らしを共にし、自分の体に寄り添う肌着の類いなら、なおさらその思いも深い。加瀬亮さんが「もとは極寒地でのロケ用

地域の資源を活かして、町づくりを面白がる地元の人と、経済中心の社会に疑問を持つ都会の人が地方で交わる。

海、山、川など自然に恵まれた環境と資源、人とのつながり。地方にあるものを求めて、ライフスタイルとして、移住や2拠点生活を選択する人や、地域に根づいてビジネスを起こす人が増えているいま、日本の地方に、新たなコミュニティが生まれている。

「白川青史、ポパイのイメージの作り方」スタイリスト長谷川昭雄とのタッグの秘密

撮影したての写真を取材直前までセレクトしていたスタイリスト・長谷川昭雄さんとフォトグラファーの白川青史さん。スタイリストなしでは始まらない“チーム戦”のファッション写真。今の『ポパイ』には不可欠なビジュアル作りの根幹をなす2人の、ほかには真似のできない“関わり方”に、ホンマさんが迫ります。

野性の身体性を揺さぶる、いにしえのアジアの響き。

 日本初の劇場専属カンパニーとして設立10周年を迎えたNoism。その記念公演『カルメン』で、金森穣の構成・演出の力に改めて舌を巻いた。舞踊家たちの鍛え抜かれた肉体を媒介に表現されるその身体言語のボキャブラリーに底知れない可能性を感じたのだ。
「劇的舞踊と呼んでいる物語性の強い作品では、制約でがんじがらめの中、むしろあらゆるツールを総動員して盛り込んでいます。一つ作ると自己否定したくなり、もっとい

Chair|チェア (1954)

水之江忠臣は、ル・コルビュジエに師事した前川國男の建築事務所で家具を担当。イームズ夫妻やウェグナーとも親交を持ったモダニストだった。この椅子は1954年に神奈川県立図書館で最初に使われたものをベースに、100回以上の試作を経て完成した。座面や背もたれの成形合板の形、フレームのディテール、貫の位置などは発表後も検討を重ねた。“図書館椅子”として今も広く親しまれている。

オーダーメイド、それはあなたのための服。

〈蟻川工房〉から届いた「鉄紺・7番」のロールは、見た目にも実際にも思っていたより「軽やか」だった。空気をはらんだ布と表現すればいいのか、原毛から時間をかけて人の手が織り上げた柔らかな「ゆとり」が、布に記憶されているのだ。光に透かすと不均等なやさしい糸の動きが見える。そこに人を感じると言ったらいいだろうか。この生地で、何十年も着続けることができるジャケットを作ろう。とっておきの松浦モデルを。
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