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髙島屋

(噂 その8)太陽の塔だけじゃない、 “会いに行けるTARO”。

 なんばの髙島屋には、2011年に約40年ぶりにお目見えしたタイル作品がある。1970年頃まで大食堂に飾られていたという作品で、長年ひっそりと保管されていたが、見事な修復作業を経て、今ではレストラン街の顔となっている。そして、太陽の塔の帰りに立ち寄りたいのが江坂。実は、ダスキン本社ビルに、岡本太郎が手がけた縦8mの陶壁画がある。880ピースもの信楽焼を組み合わせた大作だ。

名建築で辿る、大阪の100年史。

味のあるレトロビルから最新の建築まで、なぜ大阪にはさまざまな年代の名建築が存在しているのだろう? 建築史家の倉方俊輔さんに教えてもらった、都市構造と、近現代の名建築から見える、大阪の100年史。



 大阪はカオティックな街だと思われがちですが、都市構造は明快です。ベースは豊臣秀吉による碁盤の目状の街割でした。近代に入り、政治、産業、交通手段の変化に合わせて新たな建築が造られ、街の造りも変化し

キーワードは“ギャップ”です。

そもそも僕が和菓子の虜になったきっかけの地が名古屋。和菓子の担当になった1年目、47都道府県の名店をくまなく巡り、いちばん驚かされたのが、そのレベルの高さでした。
 
名古屋は味が濃いというイメージがありますが、和菓子、特に上生菓子に関していえば、その正反対。日本で一、二を争うほど上品な味だと思います。京都で修業を積んだ職人が多いせいか、意匠も京都に近く、表現が抽象的。例えば、金魚という菓銘でも、

世界のトップ調香師を集め、"マニアック"で個性的な香水を作り出す〈フレデリック マル〉の魅力。

祖父が〈パルファン・クリスチャン・ディオール〉の創設者、母親がディオールの「オー ソバージュ」の開発メンバーだったこともあって、家にはいつもリットル単位で香水が送られてきていたよ。12歳から香水をつけ始めたんだけど、「香水は自分の一部」と気づいたのはその頃から。僕はスポーツ少年で毎日たくさんの汗をかき、一緒に香水も蒸発して自分の顔に上がってくるわけだから、知らぬ間に中毒になっていたのかもしれない(

淡い連帯/喫茶店の守護神|平松洋子

 ほとんど毎日、住んでいる町のどこかの喫茶店に寄る。仕事の合間、休憩を兼ねて散歩に出るのが習慣なのだが、さて今日はどこに入ろうかと自分の気分を探りながら歩くのがまた楽しい。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 十年一日のごとく同じ挨拶だけれど、交わす一瞬の視線にぽっと灯りがともり、言外にお互いの元気を確かめ合う。でも、それ以上のことは何もない。マスターが淹れてくれる熱いコーヒーを相手に、ただぼんや

ハンティング・ワールドの新コンセプトショップとなる高島屋玉川店がオープン!

 2015年にブランド創設50周年を迎えたハンティング・ワールドは、新しいクリエイティブチームを編成し、さらなる進化に向けたプロジェクトをスタートしました。その一環として、ハンティング・ワールド髙島屋玉川店がリニューアルオープン。内覧会を兼ねたパーティが開催されました。
 店内に入るとクリエイティブディレクターの相澤陽介さんによるバッグやアパレルアイテムがフルラインで揃う、目を見張るような空間が広

かつくら新宿髙島屋店

新宿にある予備校に通っていた頃に〈タカシマヤタイムズスクエア〉が開業して、当時から通っているのが〈かつくら〉の新宿髙島屋店。とんかつって、高いじゃないですか。でも大好きで。だから若い頃はいつもすっごくお腹をすかせて行っていました。キャベツもご飯もお代わり自由だから、とんかつ一皿でお腹いっぱいにできるという、お金がない時の強い味方でした。とんかつは断然ロース! 特に脂身たっぷりの端っこが好き。ここの

フリーになってからは、その日暮らしをしていましたね。|仲條正義

独立してからは、親父とお袋がいる池袋の家で2、3年やってました。僕のところに来る仕事は、遊び友達みたいなやつが「これやってくれよ」っていうような仕事で、鳴かず飛ばず、まあ飛ばず飛ばずだな(笑)。その日暮らしをしてました。福田繁雄と江島任という友人と、丸善にあったギャラリーでちょいと展覧会やろうよって話になったことがありまして。夏場に日宣美の展覧会が髙島屋の大きなホールでやるっていうんでそれにぶつけ