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24日

人はいつフィリピン料理を食べるのか?

祝日の夜の西荻のとある商店街は、日本海側の町のシャッター街かと思うほど閑散としているうえ、寒風が吹きすさんでおり、土地勘というものに絶望的に見放されている私は、こんな場所にフィリピン料理屋があるのかと心細かったが、その細さが極細になるほど歩いた先に「ATE」はポツンとあった。

今回、社長とママと私は、フィリピン料理をくらうのである。食らうと決めてからふと思ったのだが、人はどんなときに「さあ、フィ

表現せずには生きられない人たち。日本のアウトサイダー・アートの現在を知る。

美術教育を受けていない人の創作を指すアウトサイダー・アートだが、日本では、とかく障害のある人の表現活動として誤解されがちだ。しかし、既存の美術領域の外側には、死刑囚やヤンキー、路上生活者といった周縁の人々から、そういった社会的背景を抜きにしても、どうしても作らずにはいられない表現者たちがいる。その裾野を広げ、障害の有無にかかわらず、全国各地へ足を延ばしてアーティストを発掘、紹介してきたのが、アウト

意識的に映画を選ぶのは、 無意識下の影響力が怖いから。| 瀧本幹也 (写真家)

カメラマンを志した中学時代に映画にハマり、いまでも年間40本は映画を観ている瀧本幹也さん。是枝裕和監督に抜擢され映画の撮影監督を務めるようになってからは撮影手法の研究も兼ねてさまざまな映画を観ているが、その中には“意識的に観ない映画”のカテゴリーがあるという。

「まず一つは、黒澤(明)監督の『八月の狂詩曲』です。映画にハマり始めた中学生の頃から、黒澤作品はほぼ全部観ていますし、大人になってからも

高橋ヨーコの写真展が開催。前夜のパーティに、旧知の仲間たちが集結!

 フォトグラファーとして活躍する高橋ヨーコさんの写真展『SANDY HEAT, WHITE LAND』が開催。今年6月に高橋さんが暮らすサンフランシスコの〈Playmountain EAST〉で行われた同名のエキシビションが好評で、その巡回展として、9月1日から24日まで千駄ヶ谷の〈Playmountain〉と葉山の〈SUNSHINE+CLOUD〉で同時に行われました。高橋さんが写真展を行うのは、

モンクレールの新たなプロジェクトが話題!第2弾のお披露目です。

 この春行われたミラノ・ファッションウィーク。その初日に全貌が発表されたプロジェクトが「モンクレール ジーニアス」です。これはそれぞれ個性的なマインドを持つクリエイターと生み出す8つのプロジェクトの総称であり、プラットフォームのこと。ここからシーズンを問わず、毎月新たなコレクションがリリースされていきます。
 先陣を切った「7 モンクレール フラグメント ヒロシ・フジワラ」に続き、第2弾として「6

首元にさりげなく。

テーラードをベースに、ワークウェアのディテールをミックスし、さらにエキゾティックな民族カルチャー要素を加えた今季の〈ドリス ヴァン ノッテン〉。なかでもひときわ目を引くのが中国のミャオ族の装飾から着想を得たモチーフ。このストールは、美しいステッチによるモチーフをニットで表現。21,000円(ドリス ヴァン ノッテン☎03・6820・8104)

野性の身体性を揺さぶる、いにしえのアジアの響き。

 日本初の劇場専属カンパニーとして設立10周年を迎えたNoism。その記念公演『カルメン』で、金森穣の構成・演出の力に改めて舌を巻いた。舞踊家たちの鍛え抜かれた肉体を媒介に表現されるその身体言語のボキャブラリーに底知れない可能性を感じたのだ。
「劇的舞踊と呼んでいる物語性の強い作品では、制約でがんじがらめの中、むしろあらゆるツールを総動員して盛り込んでいます。一つ作ると自己否定したくなり、もっとい

襟を選んで、自分好みに。

タグの白い縫製糸がブランドアイコンになっている〈オールドマンズテーラー〉。編み目が細かいシェットランドウールと、柔らかいラムレザーのコンビネーションになった、こだわりのある一着。取り外し可能なファー素材の襟は、ベージュとブラウンから選べる。148,000円(オールドマンズテーラー/ザ ディアーグラウンド☎0555・73・8845)

フレッドペリーが本国で開催していたライブのイベントが日本初上陸!

 フレッドペリーが本国イギリスで2007年から行っているライブイベント『Sub-Sonic Live』が、この秋、日本で初開催! 実はフレッドペリーは、2000年代中頃から本国でオリジナルの音楽版ポータルサイト「Subculture」を立ち上げ、さまざまなアーティストを紹介するなど、音楽と深い関わりのあるブランドです。それだけにライブは濃密で、ステージには4組のバンドと4名のDJが次々登場。3時間

音楽家生活25周年を迎えた亀田先生の心がけ。|亀田誠治

 プロデューサーとして、数多くの名曲を手がけてきた亀田誠治。今年、プロミュージシャンとしての活動25周年を迎える。「10代の頃から音楽制作を始めましたが、なかなかプロとしてはデビューできなかった。石の上にも3年と言いますが、僕の場合は5年か、10年かな。ようやくデビューできたのが25歳の時。自分にできることを全力でやってきたので、あっという間の四半世紀。本当に幸運でした。ラッキーすぎて怖いから、交