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MY PERFECT DAYS 〜10人が語る特別な日常〜 江田雄司の場合

観る者に解釈を委ねる映画が好きだ。自らの人生を重ね合わせて妄想したり、物語の続きを考えたり……。ついに公開が始まったヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』は、そのお手本のような映画。この作品を観た文化人10人に、「あなたにとってのPERFECT DAYとは?」を尋ねました。

text: BRUTUS

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第十回:江田雄司(清掃作業員)

映画『PERFECT DAYS』の劇場公開も4月いっぱいに迫る中、この連載の最後を飾るに相応しい人を探していたら、その人は中野駅近くの公園にいた。第三回の高橋ヨーコさんが語っていた、「平山のモデルになった」という清掃員、江田(こうだ)雄司さんその人だ。

江田さんのPERFECT DAYを聞く前に、映画撮影時についても振り返ってもらった。

「私はもともと、ホテルなど屋内の掃除をやっていましてね。ああいうところは乾式といって水を使わない方法で掃除するんです。同じトイレでも屋内と屋外のトイレでは汚れの種類や質や量が違いますから、屋外トイレの場合、基本は湿式清掃を取り入れています。しかし今回の映画の舞台になったTHE TOKYO TOILET(以下、TTT)も屋内清掃と同じ乾式。それは屋外トイレの清掃を、利用者という意味合いよりも、“お客様”と置き換えて作業するイメージですかね。

みなさん綺麗なうちはさほど考えないんです。それが当たり前の状況だから。意識するのはゴミで汚れたときだけ。特に屋外にあるトイレなんかは汚れていたらネガティブに考えますよね。最初にゴミを置く人がいると、後からどんどんゴミを置く人が出てくるんです。

それはトイレに限らず、街中でも一緒ですよね。ゴミは自分からゴミ箱に入るわけじゃないので、誰かが清掃してくれているってことを、改めて意識してもらえるといいですよね。

映画の平山はトイレ掃除のマニュアル動画かと思うくらいちゃんと清掃していましたね。役所広司さんは『江田さんのやっている通りにやりたい』とおっしゃってくださって、それがいつもの役作りの方法なんでしょうね。指導していても呑み込みが早くて驚きました。

プロデューサーの高崎卓馬さんは丸一日掃除体験されたし、ヴィム・ヴェンダース監督は来日したら空港から直行してくれたと聞いています。

映画上映前と変わったことといえば、トイレというものに興味を持つ人が増えたことですかね。一度、新聞社のWeb記事になったことがあって、それ以来、清掃をしていても『江田さんですよね?』と名前で呼ばれることも多くなりましてね。今担当している中野の公園ではよく声をかけられます。現在は、TTTの通常清掃には回っていませんが、月次で17箇所を7日間掛けて定期清掃に行きますから。そのときは水を使ったり、普段は手の届かないような場所まで清掃するんです。

同業者、建築、映像、行政などの関係者や、専門学校の先生と生徒などがよく見学に来ますね。外国人も多いです。日本のトイレは世界的に見てもキレイなんじゃないですかね。

映画の感想と言われても、撮影現場をたくさん見てしまっていますから、普通の見方はできないのかもしれない。でも、試写だけじゃなく、普通に映画館でも見直したんです。一般のお客さんの反応が知りたくて。客層が老若男女幅広いことに驚きましたね。

特に若い人なんて、なんでも時短の世の中で、こういう作品がウケるのはすごいことだと思いました。僕も毎朝のコーヒーが好きなんですが、不思議だったのは、平山ってこだわりがあって哲学的なのに、なんでカフェオレなのかな?ということ。ブラックコーヒーじゃないんですよね(笑)、何か意図があるんだろうか。

私にとってのPERFECT DAYは、『何もないこと』ですよ。何もないとはいっても、厳密には少しずつの変化があるわけですから。毎日淡々と過ごす中でも、その一日は今日しかないという気持ちですね。その瞬間は人生一度だけ。だから、派手な映画で起こるようなハプニングやら、驚くような出来事はいらないんですよ。

休みの日の楽しみは、江の島のお寺に行ってお経をあげることです。月1回は高野山から先生が来て護摩行をするので、午前中に行くんです。10時頃、島に人だかりができる前には橋を渡って帰ってくる。行きつけの団子屋さんに行って甘酒を飲んで帰る。そこしか寄らないんですよ」

江田さんが江ノ島の帰りに立ち寄るお団子屋さんの団子
いつも江の島に行った帰り道に立ち寄る団子屋さんのお団子。この日は、いつもより早い時間でしたが団子屋さんが開店準備をしていて、営業時間前にもかかわらず、どうぞと招き入れてくれた。Photo/Yuji Kouda

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