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新時代

現代的なセンスと才能で ヨーロッパとブラジルをつなぐ。

ポーランドの首都、ワルシャワに生まれる。ル・コルビュジエに憧れ、ルーマニアの美術大学で学んだ後に、渡仏。建築の仕事に携わるようになる。そして1949年、新時代の建築とデザインの可能性を求め、ブラジルに移住する。サンパウロに住み始めた50年代前半から家具のデザインを手がけるようになる。住宅用家具はもちろん、商業施設も担当し、特に59年に手がけたエール・フランスのチケットカウンターは評価が高い。同年に

世界で活躍する日本人バーテンダーが考えたこれからのバーの形。

 バーの新時代到来を予感させる店が、今年6月、東京・渋谷に誕生した。オーナーは2006年ニューヨークへ渡り、12年に『バカルディ レガシー カクテルコンペティション』でアメリカ代表として世界一を獲得した後閑信吾さん。14年、上海にオープンしたバー〈Speak Low〉
は、『Asia's 5‌0 Best Bars』で3年連続トップ3に選出されている。日本が世界に誇るトップバーテンダー、満を持して

島田雅彦

「人間は主として2種類に分けられます。効率的にお金を稼ぐ人と“新しいお金”を作ってしまう人。前者はビジネスマンと呼ばれ、後者はアーティストと呼ばれますが、私の父はお金を稼ぐのがへたで、自分もそうになるに決まっていると幼い頃から思ってきました。というわけで、貨幣経済とグレた付き合い方をすべくアーティストになったわけです」
 そう語るのは、小説家の島田雅彦さんだ。実際、2010年に刊行された著書『悪貨

BAR 鎹

バーと思って訪れるとブックカフェのような設えに面食らうが、オーナーが装丁デザイナーの河底典宏氏と聞けば納得。山谷頼子さんは、神楽坂〈夢幻〉勤務時代に河底氏に出会い、今の店を立ち上げから任された。
 まだ31歳だが、修業歴は10年。その多くを神楽坂で過ごした。モルト専門店もあればカクテルのカリスマもいる町で、何をウリにするか。考えたときにコーヒーが頭に浮かんだ。昔から大のコーヒー好きで、一度はコーヒ

櫻井焙茶研究所

ウイスキーに煎り番茶、ラムに焙じ茶、ジンに煎茶、ウォッカには抹茶の原料となる碾茶。ハードリカーに茶葉を漬け込んだ「茶酒」を味わうなら、西麻布から青山へ移転した〈櫻井焙茶研究所〉を訪ねよう。白衣を着たスタッフに導かれ、茶室のような静謐さをたたえたカウンターへ。茶房と名づけられたこのスペースで、茶や和菓子とともに、「茶酒」やカクテルを提案するのが、所長の櫻井真也さんだ。大学時代にバーテンダーデビューを

Aslun

雑居ビルの2階。居酒屋やエスニック料理屋の看板が並ぶ中廊下は猥雑な雰囲気だが、〈アスラン〉の店内は別世界。
 ブビンガ材の一枚板で仕立てたカウンターでリーゼントヘアの店主・能條貴史さんがお出迎え。バックバーに並ぶ酒は約400本。その約8割がウイスキーだ。オールドボトルも多いが「日本人は酒を味わうにも素材の味を繊細に、となりがち。もっと自由に楽しんでいただきたい」と、カクテルでの提案にも積極的。勤め

Bar Rocaille

ファイヤー通りに面したビルの6階に、14時開店のバーがある。一面ガラス張りの開放的な店内で、昼酒を傾ける至福のひととき。ここは渋谷〈バー・アドニス〉の姉妹店。ホワイトグレーを基調とした内装と、ベージュ色の大理石カウンターが都心のハイダウェイを思わせる。出迎えてくれるのは板橋広通さん。遅咲きの28歳でバーテンダーを志し、アドニスに入店。鈴木健司氏の薫陶を受け、2015年には新店を任されるほどに。「修

Bar Private Pod

8年前、「自分たちの世代が気軽に行けるバーを」と、地元・経堂に店を開いた石村正樹さん。が、激戦区で勝負したいと、2016年には新宿に2号店を出店。17年はオランダ〈ルーカス・ボルス〉社主催の国際的なカクテルコンペティションに出場し、ファイナリストとしてアムステルダムで開催された決勝大会にも出場した。
 モダンガストロノミーの技法なども取り入れたミクソロジーカクテルとの出会いが石村さんの転機になった

bar Dolphy

銀座7丁目で12年愛された店は、オーナーバーテンダーの田辺武氏が新天地・江の島に店を構えたのを機に6丁目に移転。田辺氏の下で4年修業した山浦龍作さんが看板を引き継いだ。心にとどめている師の言葉は「掃除やおしぼりの準備、片づけまですべてお酒を提供することと同じ線で考える」というもの。テクニックの前に、サービスを。銀座の店らしい訓えだ。
 田辺氏のカクテルを飲んでバーテンダーになる決意をした山浦さん。