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最終回

自分の作品は全部ね、まだ終わっていないんです。|松本零士

本当にインキンタムシが助けてくれたんですよ。漫画を描くときの目的意識をはっきりさせてくれました。それ以来、ずっと描いています。自由業ですからね、退職金もない、最後まで働かなきゃいけない。けれどガキの時から宇宙を飛ぶことが切なる思いですから。この地球を見てからあの世に行きたい。今までは残念ながら1万6000mまでしか行ったことがないんです。コンコルドを操縦させてもらいましてね、パリからリオデジャネイ

草尾 毅×緑川 光

平成のアニメ史とカテゴライズすると、彼らはその黎明期から名をとどろかせてきた2人であろう。時代を代表するアニメ作品の一つである『スラムダンク』において主人公・桜木花道を演じた草尾毅、そのライバル・流川楓を演じた緑川光の2人だ。30年間で声優という仕事はどのように変わったのか、時代の潮目となる作品は何だったのだろうか……。平成アニメーション史を振り返ってもらう。

井上 峻/変態を追い続けた男

念すべき100回を迎えた本連載ですが、区切りもいいため今回で最終回。ということで、ラストは変態を追い続けた著者自身が登場。2013年1月11日売り号から始まり、気づけば約6年。変態探しのため、新しい人と出会うたびに「変な趣味ありませんか? 変な知り合いいませんか?」という質問を、何人にしたんだろう……。出演者数の10倍以上はいるはず(1,000人以上!)。99人に取材してわかったことは、多くの変態

90歳になっても殺し屋の役をやりたいね。| 宍戸 錠

もともと、自分をプロデュースするタイプというかね。その当時、小道具のピストルなんかもモデルガンが少なかったので自分で調達してさ。衣装もいいのがなくて、ウエスタンブーツの装飾を自分で作ってた。ハリウッドまで観に行ってたからね。男でおおっぴらに自分のプロデュースをする、みたいなことをやったのは、俺が日本で初めてだったんじゃないかな。「頰に入れたアンコは取れるんですか?」と先生に聞いたら「顔に傷がついち

役を選ぶよりも、映像に携わることが楽しいんです。|里見浩太朗

 テレビの時代になって『水戸黄門』の助さんや『長七郎江戸日記』、年末時代劇で『忠臣蔵』などを演じてね。映画の製作費が1億、2億なのに、日本テレビは5億、6億かけてくれた。それでね、時代劇の往年の大スターとも共演できた。なかなかできないことなんですよ。僕が50代になった時に、ふと周りを見たらみんな亡くなってしまっていて。僕はいつ大型時代劇の主役になれるか、いついい作品に巡り合えるかと思っていました。

井上さんがいなかったら、僕らは潰れてたかもな。|伊東四朗

 浅草でコメディアンをやって、日劇に行くのが一種のステータスでした。ですから一番嬉しかったのは日劇に出られた時。今は亡き初代三平さんに引っ張られてね。その後、日劇に随分出してもらえるようになりました。劇団ではみんな昼間の芝居が終わると夜はキャバレーでコント。戸塚睦夫と石井均さんがコンビで夜の仕事をしていて。ところが劇団が大きくなって、石井座長が夜の仕事はしないと。戸塚が困って、隣の劇場の三波伸介に

時代が進展していく流れと一緒に、私たちの人生があった。|コシノヒロコ

 世界でコレクションをするには、日本のコンセプトを武器として持っていかないと、海外の人は絶対にびっくりしない。だから日本の歴史を勉強しました。日本人は自然と一体となって文化が形成されてきた。それで六甲山の山奥に安藤忠雄建築の家を建てたの。彼が日本をコンセプトに建築を造っていて。障子や格子戸など、何かを隔てて入る光を、コンクリートの打ち放しで表現していたの。私は山の中に居を構え、地に足をつけた生活を

一球一球の間は考える時間、それが野球の本質だよ。|野村克也

 俺が活躍してた頃は相手のピッチャーがみんなバカに見えた。俺の弱点を知ってるのかなと。相手を錯乱させるには苦手とする球種をガーンとやっつければ弱点じゃなくなる。みんなを騙し騙しだ。長嶋や王みたいに天性に恵まれたわけじゃない。年がいって辞めるのは簡単で、40歳過ぎて続けるのは大変だから、声がかかるうちはどこでもやると決めてた。ロッテにはオーナー重光さんの口聞きで入ったけど、俺はカネやん(金田正一)が

今はダメ。使用済み燃料棒って言われてるんだ(笑)。|ジェームス三木

 夜は歌って、シナリオ養成教室の昼の部に入った。僕が書いた『アダムの星』を読んだ、野村芳太郎という大監督に松竹に呼ばれて。映画は約100シーンあって、最初、「使えるのは3シーンだけだな」。大急ぎで書き直すと「8シーンは使えるかな」。最後には「やっぱりこの話はダメだったね」とか(笑)。『伝法水滸伝』では、海岸に1頭のクジラが打ち上げられていると書いて、制作主任に「予算を考えてるのか」と怒られてね。監

自分の皮膚感覚、子宮感覚でモノを言ってきた。|湯川れい子

モダンジャズに誘ってくれた大学生の人と結婚したかったんですが、母には許してもらえないし、相手のお父様がお医者様で、彼は医大を受け直すためにデートもままならない。コンボに行くために有楽町駅のホームのベンチでいつも待ち合わせてました。1時間以上も待ってて。今みたいに携帯電話もない時代、やっと電車から転がるように降りてきたら靴を履いていなかったんです。「親父が下にいて見張ってるから2階の窓から逃げてきた