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下北沢

ハゲと駿河台。

 18歳で美容師を志してから、24年目になる。もうすぐ43歳の俺の頭は、今やすっかり禿げ上がった。まだ毛があった10代、最初に鏡の前に立った下北沢では若者カルチャーを学んだ。次の自由が丘ではマダムの優雅さを学び、表参道ではハイ・ファッションを学び、毛量わずかにして辿り着いた先は、神田駿河台。ここに今年春、初めて自分のサロンを持ったのだ。本、カレー、音楽、スポーツ、大学、病院、オフィスもある、駿河台

【ミャンマー、社長、四谷のママ】松尾スズキの“胃”に“ミャンマー”が入った!

 税金が高い。高すぎる。しかし、それを押しても日本はいい国だ。日本にいながら世界中の料理が食えるのだ。旅の醍醐味は食にある。私はそう思う。中国に行ってノルウェー料理が食いたいという混乱した人間はそういない。空港に着いた瞬間から、うまい中華が食いたい、で、中華を食う、ああ、しみじみ中国に来たなあ、と、そうなるのが、旅である。ならば、逆に考えれば本場の中華を食ってさえいれば、日本にいようが少なくとも胃

親子で古着を共有する。|阿部敏之/高大

 待ち合わせ場所の有楽町がざわついていた。クラシックすぎるタイドアップにカンカン帽を被り、ステッキの代わりに細巻きの傘。外国人旅行客が「東京ヤバイ!」なんていう言葉を添えてインスタにUPしていると容易に想像つくが、東京ではない。阿部さん親子が“ヤバい”のだ。ただ、2人がこのスタイルに辿り着くまでには紆余曲折あったようだ。高大さんの古着の芽生えは18歳。
「原宿の美容専門学校に入学するや“阿部って普

片岡義男と、2度目の週末の午後。

 作家・片岡義男がデビュー40周年を迎える。1974年、「白い波の荒野へ」でデビュー後、『スローなブギにしてくれ』『彼のオートバイ、彼女の島』『ボビーに首ったけ』に代表される角川文庫シリーズ(通称「赤背」)が全国の書店に並び、映画化作品もヒット。80年代初頭には一躍世に知れ渡る存在となった。
 その活躍の場は文学界のみにとどまらない。作家としての成長期には創刊されたばかりの『POPEYE』『BRU

松田優作の愛した店。

 ミーハー嫌いで、みんなが行くところには俺は行かない。そんな信条を持つ松田優作が愛した店、〈LADY JANE〉は、1975年から続く下北沢にあるジャズバー。オーナーの大木雄高さんは、小劇団を主宰していた頃、演劇つながりで松田優作と知り合ったという。好きなお酒は、バーボンやラム。飲みながら演技について語るときも、人に不条理に響く言葉を選ぶ、感覚的な話しぶり。映画から片時も離れないまま飲み、企画を練

全部“無駄”でも大丈夫。|嶋 浩一郎

 僕の言う“無駄”は、“無意味なもの”とは少し違うんです。すぐに役立つわけじゃないけれど、いつか役に立つかもしれないもの。小説の主人公の料理のレシピとか、SFの中の極限を生き抜くサバイバル術とか。単純に印象的だった表現もそう。だから小ネタとかトリビアというわけでもない。本を読んでいて心が動いたすべてといえばいいのかな。
 ネット検索が定着した今は、結論に直線的に辿り着くことがよしとされていますよね