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お祭り

堀川沿いで飲んで食べて。 月に1度開催される 『なやばし夜イチ』が楽しいって。

川沿いに並ぶ屋台の明かりの中に響く上機嫌な笑い声。毎月第4金曜日に、堀川沿いの錦橋から納屋橋の間の遊歩道で開催されるナイトマーケット『なやばし夜イチ』の風景だ。酒やつまみはもちろん、焼き菓子や手作り雑貨、植物、占い、ワークショップができる店まで出店、麦から育てたオリジナルのビールなども販売する。9月に開催されるビール祭りでは樽ビールを楽しめて、飲み比べなどのイベントも。3月の日本酒祭りには東海地方

上海スニーカー紀行。

最先端を貪欲に吸収しつつ啓蒙・発信する時代へ。

東洋の魔都といわれる上海の人口は東京の2倍以上もある。ビルは縦に伸びに伸び、空港からは高速リニアが走り、トイレは思っていたよりきれいで、街は整理され、活気に満ちている。
 
昨年オープンしたばかりのナイキの〈001〉はその中心の一等地にある。4フロア構成で、デジタルとオンラインを組み合わせた革新的なストアだ。コンセプトは「House of Inno

きねこさのお守り

 名古屋市中村区にある七所社では、毎年旧暦の1月17日に「尾張三大奇祭」の一つに数えられる『きねこさ祭』が行われます。天下泰平や五穀豊穣を願って行われるお祭りです。まず12名の役者と呼ばれる男性たちが長い竹竿を持ち、極寒の中、川の中へと入っていき、竹を立てます。そこへ一人が登ると、その体重で竹は折れてしまいます。その折れた方角によって、一年の吉凶を占うのです。ちなみに今年は南南東の方角へ倒れ、「吉

曳山人形

14台の豪華な曳山が唐津の旧城下町を巡航するお祭り『唐津くんち』。鯛や獅子、兜や亀などを象った巨大な曳山は、乾漆造による世界最大の工芸品で、その制作費は、現在の価格にすると1億〜2億円にもなるといわれています。唐津くんちは、唐津神社の秋季例大祭として行われているもので、今日のような曳山が登場したのは、一番曳山の赤獅子が奉納された文政2(1819)年から。以来、明治9(1876)年までに15台が制作

『のど自慢』に出たら、鐘三つが鳴ったんですよ。|里見浩太朗

中学・高校時代も富士宮に住んでいて、中学からはテニスを、高校2年から音楽を始めました。西部劇洋画が入ってきた頃で、日本映画はというと時代劇です。チャンバラには興味がありました。小学校4年生の頃に、疎開先の村の小さな神社でお祭りがあって、お芝居をやっていたんです。森の石松の立ち回りを見て、「チャンバラってかっこいいな〜」って。家に帰ったら寝間着の着物の裾をキュッと固めて、腰に物差しを差して、刀を振

学校のパロディで遊ぶ。|野田秀樹 × 近藤良平 × 木下裕一

野田秀樹の発案により発足した、東京都の文化プログラム『東京キャラバン』。“文化混流”することで新しい表現が生まれるというコンセプトのもと、日本各地でパフォーマンスを展開している。今回はそれに参加する近藤良平、木ノ下裕一と「夢の廃校活用法」を語り合う。

野田秀樹 『東京キャラバン』は、廃校に限らずとも小学校を会場に借りられると雨天の場合でもいいよね、という話はよくしていたんですよ。芝居をやっている

誰にも負けないってほどの、河童になりました。|伊東四朗

 東京者というだけでいじめの対象になるんですけどね、ある時、掛川で3年に1回だかの大祭りがあって。私は自称お祭り男で大活躍したんです、太鼓を叩いて踊って。そしたら一気に認めてくれましたよ。お祭りって大したもんだなと。あと、泳げなくて馬鹿にされましてね。東京の学校にもプールはありましたけど、火災の時の用水池になっていて泳ぐなんてもんじゃなくて。向こうの連中は川はあるし、みんな泳げる。悔しくて悔しくて

甚目寺の振り太鼓

 徳川家康は名古屋城を築城する際、鬼門の方角にある甚目寺観音、笠寺観音、龍泉寺観音、荒子観音の4つの寺院を鎮護として定め、城を守らせました。この4寺院は「尾張四観音」と呼ばれ、毎年節分の時期には、恵方に当たる寺院では、特に盛大なお祭りが執り行われます。また、恵方の寺へ参拝すると特に大きな御利益があるとされ、その年は多くの参拝客で賑わいます。各境内では、それぞれの観音にちなんだ玩具も売られました。