キーワード

評論家

チョコレートの鬼才が ついに開いた、 究極のスイーツショップ。

ビールのように樽出しでサーブしたり、生カカオの真っ白でふわふわの果肉でスムージーやパワーボールを作ったり⁉ かつてないチョコスイーツを堪能できるのが、この〈ブルー・ストライプス・カカオ・ショップ〉。開業以来、朝から夜中まで賑わう人気店だ。
 知られざるカカオの魅力と可能性に挑むのは、オデッド・ブレナー。世界中で人気を博すチョコレートブランド〈マックスブレナー〉の共同創業者だ。〈マックスブレナー〉を

可愛くて才能があると思って育ったみたい(笑)。|湯川れい子

生まれは東京の目黒です。駒沢公園がまだ日本で2番目に古いゴルフ場で、戦争が激しくなり草ぼうぼうの野原でした。父は海軍勤めで、先祖代々は山形県の米沢藩出身。上杉鷹山の教えは文武両道でしたが、小さな藩だったので海軍兵学校を目指す人が多かったようです。叔父たちもみんな海軍で少将や大将と言われる人たちでした。父は青島や上海の駐在武官を13年ほどやって、日本の本部勤務になったときに私が生まれました。だから私

占領政策で、昼間からチークダンスなんて可笑しいわ。|湯川れい子

戦死した兄の影響は大きいです。昭和18(1943)年の6月ですが、出征前に3日間泥まみれになって防空壕を掘ってくれて。その間中、口笛を吹いていて、メロディを覚えちゃったんです。父が突然亡くなり、兄も戦死。私と母は米沢に疎開して、終戦後目黒の焼け残った家に帰りました。私は体が弱くてよく熱を出していました。本が好きで熱が下がってくると少女小説とかハイネとかリルケの詩集を読むので、母に「ぶり返すから駄目

エルヴィスの背景が、私にはジャズと重なって見えました。|湯川れい子

コンボという喫茶店では、鼓膜が破れるような音量で音楽がかかっていました。お客さんはほとんど黒人の兵隊さん。「これが今、NYで盛んに台頭してきているジャズなんだ」って。即興演奏で譜面なんかない、黒人が自分のアイデンティティとして自己主張する音楽だと言われて。みんな目をつむりながら会話もなく聴いているんです。衝撃的でした。その中に早稲田の学生だった大橋巨泉さんや、まだ無名の渡辺貞夫さんとかがいらして、

漫画やゲームを評論するブルボン小林と、小説を書く長嶋有。

「『ザ・マンガホニャララ 21世紀の漫画論』カバーの金氏徹平さんの作品は、僕の自宅に飾っているものです。今回使わせてもらうにあたって、題字を載せたり色をつけたりの改変も快諾してくれ、デザインのアドバイスまでしてくれ、本当に感謝しています。『私に付け足されるもの』のカバーは“地味な女シリーズ”と銘打たれた短編を収める、そんな本にこそ派手な服を着せるべきだ! と思ったので、人物画にしてほしい、絵の中の

ILL-BOSSTINOが語る、 〈Precious Hall〉と札幌。

ここの音質、その向上の幅はほかと次元がまるで違う。無論、音が良ければすべて良しと言いたいわけではありません。ただ最良の音があれば、会話や人間関係にも良い影響を与えるのをここで目撃してきました。それは人を思慮深くもするし、謙虚にもする。ただの週末の出会いの場から、人生の神秘を考察する場になり得る。

あとここには音楽評論家がいない。その仕事を否定はしませんが、語られる時間軸の広さが違う。ここでは熱烈

世界を読み替える、クトゥルー神話の魅力。

人類が登場するはるか以前、地球を支配していたのは異次元から到来した邪悪なる神々だった。異形の姿を持つ邪神たちは、地底や海底で眠りに就きながら、復活の時を虎視眈々と狙っている。「クトゥルー神話」とは、こうした壮大な世界観のもとに創作された複数の作家たちによるフィクションの総称だ。その起点となったのは、アメリカの怪奇小説家H・P・ラヴクラフトが1920年代から30年代にかけて執筆した作品。彼の死後、多

本を読む人の頭の中まで覗けてしまう面白さ。

「2003年、高校2年で立ち上げたネット古書店が始まりです」と店主の竹田信弥さん。その後は東京・白山に実店舗を構え、15年に赤坂へ。辻原登や岡和田晃といった小説家や評論家をセレクターに選書棚も展開、人文科学の品揃えに力を入れている。

『「百年の孤独」を代わりに読む』は2018年、竹田さんが感銘を受けた同人誌。「一見、南米文学の傑作を解説するようで、なぜかドラマや映画の話題が多く登場します」。例え

「ゴシック」とは生き方の問題。 屈強な美意識で社会の虚構を穿つ。

『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』という、すさまじい奇書がある。

これは1980年代を駆け抜けた天才歌人・紫宮透の作品と生涯を、彼自身の歌作や発言に加え、あまたの関係者たちの証言から繙いてみせた伝記  を、あくまで読者に紹介するという体裁の小説。要するに、紫宮透は実在しない。彼の歌作も、それを評する夥しい声も、それらを書き綴った伝記本も、すべては作者・高原英理ひとりの想像力が編み上げたもの。ところ