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新人賞

「心地よくても 眠らないで欲しい」

 ふたりで仲良く座ってください。ふかふかっとお尻が沈んでいったら、足を少し浮かしてください。この椅子はアッチの方へスライドしていきますので、足を地面につけていると、大変危険です。スライドしている最中は、死んだネズミとか、食いかけのヤキソバとか、名もない仏像とか、光る石ころとか、湿気ったホコリとか、固まったドアノブなどを見ることができるから、じゅうぶん楽しむことができると思います。途中休憩はありませ

「どこからか悲鳴が 聞こえてきたよ。嫌だな」

 なんかの市場だったところ、いまは怪しい取引をやってるところ、誰もいないようだけれど、二階の奥に、スキンヘッドでガタイの良いボスがいるから、挨拶は絶対しときなよ。ボスは昔プロレスラーにスカウトされたことがあるとかないとかで、いつも大きな金庫の前に座っているよ。決して金庫を触っちゃいけないよ。もし触ったら、二階の窓から放り出されるからね。そもそも金庫なんて気づいてないフリしてるのが得策ですよ。

写真家・鬼海弘雄が撮影し続けた、市井の人々に思いを馳せて。

 写真家・鬼海弘雄は浅草寺を舞台に、無名の人々を45年もの間撮り続けてきた。ハッセルブラッド製のカメラを手に、朝から日没まで境内の片隅に立ち、そしてただ、「何か」をじわりと感じられる被写体が通りすがるのを待つ。日に一人、二人出会えれば幸運だ。シャッターを切ることなく帰宅の途に就くこともある。それでも、これまで1000人を数える人々をフィルムに収めてきた。

 鬼海は一風変わった経歴を持つ。山形県に

「忙しくないなら、 忙しいフリをしろ」

 曇り空、日が沈むと、街に灯りがつきはじめ、わたしはビルの屋上にのぼり、世間を見下ろしながら、今日一日の出来事を思いかえすのです。上手くいかなかったこと、上手くいきすぎたこと、失敗、損失、先の見えぬ問題、若い頃は苦労は買ってでもしろと言いますが、できれば買いたくありません。しかしながら、いつの間にやら、苦労のバーゲンセールを買い込んでしまったありさまで、今日も一日が終わってゆくのです。

「本当に欲しいものは無いので なんでもください」

ボールが的に当たったらイチゴをください。的に入らなかったら他のものでもいいです。でも何かください。頂けるものなら何でもいただきたいのです。子供の頃から、いろいろと頂き物をしてまいりました。その中には、欲しかったものもあったけれど、別に欲しくなかったものもあります。でも、頂けるということは、なんであれ嬉しいものです。だから、何でもいいからください。いつでもなんでも募集中。現在はイチゴを所望中。

「おい、まだ飯食ってるのか」

 怒ってるぞ、この上なく怒ってる。あんだけ言ったのに、お前、また同じじゃないか、舌をペロペロやって、とぐろを巻いて、なんの進歩もありゃしねえ。もっと考えたらどうなんだ? ワシは、今日も牙を研いでから石を噛み砕き、泥水を飲んで、屋根の上から三回転げ落ちるといったトレーニングをしたぞ、満身創痍ってやつだ。それに比べてお前さんは、あいかわらず、まだ食事中だ。とっとと飲み込んじまえ、食事終わらせろ。話はそ

村上春樹『風の歌を聴け』の僕、鼠、女

名前:村上春樹『風の歌を聴け』の僕、鼠、女

症状:秋が近づくと、いつも鼠の心は少しずつ落ち込んでいった。カウンターに座ってぼんやりと本を眺め、僕が何を話しかけても気の無さそうなとおりいっぺんの答えを返すだけだった。

備考:海辺の街に帰省した僕と鼠と女の子とが過ごした1970年の夏。ビールと音楽と文学のある青春の一片。群像新人賞を受賞した著者デビュー作。講談社文庫/450円。

「チリ散らばって事件なり」

赤いラインの先に、丸めた新聞紙を抱えた男が転がっていた。新聞紙の中には、焼芋が三本入っていた。一本は食いかけで、あとの二本は、まだ温かかった。つまり、事件が起きてから、たいして時間は経っていない模様だ。一方で、新聞紙の保温力が相当なのかもしれないという懸念が浮かんできた。ここは帰りに焼芋を買い、検証してみる必要がある。だが私は焼芋が苦手なのだ。仕方がない、芋は隣の婆さんに、おすそ分けだ。

「赤い靴を履いてりゃ 乙なんだ」

明日があるからよけいに疲れてしまうのよ。空が曇ったり晴れたりするから腹が立つんだ。波はおしよせてはひいて、海岸にタコが打ちあげられた。恋人たちは笑いながらタコをもてあそぶ。赤い靴を履いておめかしをしたけれど、迎えが来ない。だから目印になるようにビニールを頭からかぶってみたんだ。しばらくすると空に銀色の光が見えた。あれは、ぐるぐる回る円盤だね。わたしを迎えに来たんだね。赤い靴を履いといて良かったよ。