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[12月14日公開] 菊地信義についてのドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』

この冬、装幀家・菊地信義についての初のドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』が公開される。人に「見られる」ための本をデザインしてきた菊地が、今度は自分が「見られる」対象となるこの映画の企画を受けることになった理由を、本人は次のように語る。「監督の広瀬奈々子さんは、僕の日常を通して何かが見たいと言うんですよ、それが何かはわからないけど。それが面白いと思った。じゃあ、それにとことん付き合ってやろう

【恋とサボテン、そして、時間。】日本とメキシコを結んだ深い愛の物語。

 うまいものを食う、というのは、恋愛に似ている。たとえば、とてもうまい寿司屋を予約し、その日が近づいて来るワクワク感、そして、緊張感、いざ、おまかせのコースが煌びやかに目の前に現れる時感じる、前戯、本番、ピロートークみたいな、ここはベッドの上かと錯覚するような流れ、支払いのときの、もっと払いたいというマゾッけ。いろいろひっくるめて恋だわー、なんて思うことはなかろうか? 私だけだろうか? 

 今回

怖さが潜む、ゾッとするフレーズ。

思春期の百閒が動物をいじめる随筆の最後がこれ。死の瞬間に色が変わったというんだけど、ここで物質レベルの話が「死」という状態の話に切り替わっている。直前の鮒や蟹のところでは白やら青やら出てくるのに、この部分だけパートモノクロになって、何色に変わったのかが書かれない。この欠落がたまらなく怖いんだけど、これは文章だからこそできる技で、短いなかに取り返しのつかなさやある種の絶望感さえ漂っています。すごく視

一瞬で飛躍! SF小説の書き出し文。

SFに限らず、小説の1文目というのは作家が創意工夫を凝らすもの。その中でもSF小説が特別なのは、現実から飛躍するための仕掛けがあるからでしょう。
 
現代SFは、ひと昔前のように「科学」の話ばかりではありません。クローン技術や宇宙旅行、AIにフェイクニュースなど、もはや現実がSF化している昨今、「サイエンス」
だけでは刺激的な話を作るのが困難な状況に。結果、「サイエンスフィクション」の略称だった「

「小顔メイク~その1~」

女子は常に「小顔」になりたいんです。あ、男性ももちろんそうですよね……(汗)、でも女子の小顔にかけるパワーはかなりのもの! そして、メイクでそれは叶うんです。そのテクニックを一部ご紹介。一番基本的なテクは「コントゥアリング」。「コントゥア」とは、英語で「輪郭」という意味。「コントゥアリング」は一般的に、明るいフェイスパウダー=ハイライトと、暗いフェイスパウダー=シェーディングで顔にメリハリをつける

高橋弘希『日曜日の人々』の航

名前:高橋弘希『日曜日の人々』の航
症状:僕にはここが、人々の最後の受け皿にも思えます。理由は聞きません。それが吉村さんの選択であるならば、僕はお手伝いします。
備考:亡くなった従姉の日記を機に自助グループに関わるようになる主人公。そこには拒食症や性的虐待などの背景を持ち、死に魅せられた人々がいた。講談社/1,400円。

ベストコスメ

べストコスメ(通称ベスコス)は、美容誌で最も盛り上がる、キラーコンテンツ。6月22日発売のVOCE8月号では上半期のベスコスが発表されるんです! 読者にオススメしたいコスメをランキング形式で発表するもので、ライターさん、ヘアメイクさん、美容家さん+エディターの約50名の選者は、半年間、常にこのベスコスを意識して大量の新製品をチェック、お試ししていると言っても過言ではありません。そして化粧品会社さん

浅生鴨『伴走者』の淡島

名前:浅生鴨『伴走者』の淡島

症状:「お前が不安ってことは、俺も不安ってことだ」
そうなんだ。淡島は顔を上げた。俺は伴走者だ。内田が恐怖を感じずに走れるようにするのが俺の役目じゃないか。

備考:視覚障害者ランナーの伴走者となった主人公の、伴走を通した心の変化をありありと描いた「夏・マラソン編」と、「冬・スキー編」の2編。講談社/1,400円。

整形メイク

整形した人用のメイクのことではありません。まるで整形したかのように、大変身してしまう、そんなメイクのことを「整形メイク」と呼びます。特にYouTubeでは近年、鉄板のヒットテーマで、たくさんの動画が上がっています。『VOCE』でも時々特集があり、例えば、まるで唇にヒアルロン酸を注射したかのようにぷっくり見えるメイク、糸でまぶたを縫い留める二重まぶたの整形をしたかのように、ぱっちりした目に見えるメイ

【大山】「ホーボー」の2人、 大山の商店街を歩く。

江戸の五街道の一つ、中山道の江戸から1番目の「板橋宿」(現在の板橋区仲宿周辺)は、旅人たちで大きな賑わいを見せた宿場町。現在の大山駅から西へ延びる「ハッピーロード」はその中山道から分岐した(旧)川越街道に沿って自然発生的に生まれ、第二次大戦後に発展した商店街。周辺には富士山へ通じる富士街道、鎌倉へ通じる鎌倉街道なども交差しており、まさしくジャンクションとして人々が行き交ったエリアだった。