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Untitled from the Like Everyday Series(2000-2001)|シャディ・ガディリアン

 女性の顔が、ゴム手袋やアイロン、皿、ホウキと、いわば一昔前の(だといいのですが)“女の仕事”の象徴的な道具になってしまいました。彼女たちの個性は、ヒジャブ(ムスリムの女性が体を覆う布)の模様でしか知ることができません。さて、シャディ・ガディリアン(1974〜)はイランの首都テヘランに生まれ、現在も同地を拠点に活動する写真家です。イランを訪れたことがある人が日本に、また、世界にどれほどいるかわかり

COMOLI

小森啓二郎さんの服作りには明確なコンセプトがある。
「自分が着たいものであること。それが世の中にないこと、を前提にしています。既にあるものは買えばいい。周りを見渡して、どこに行ってもないなと思ったら、よし、作ろうと。それが、僕が服を作り始めた理由なんです。そして、自分が着たいと思うものは、誰かしら欲しいと思ってくれないかなという思いで展示会を開いています。あ、でも、トレンドは気にかけていて、自分が

九代 長江惣吉

杭州で曜変天目の破片が見つかった、あるいは8Kで国宝の曜変天目を撮影する。そんな機会に必ず現場へ呼ばれるのが、長江惣吉さんだ。江戸時代には原料土の採掘を行い、明治以降は窯屋を営んできた家に生まれ、曜変天目の再現を追い求めた父、八代長江惣吉の死後、32歳の時に「やむを得ず」その志と研究を引き継ぐことになった。ただし、先代は研究資料を残しておらず、実のところ引き継げるものはほとんどないに等しかったとい

近代絵画のブルース。

「リアルこそ至高」を伝統とする西洋美術が本格的に流入し始めた明治時代。西洋画を見た画家たちの「ホンモノっぽい!」という衝撃から、日本の油絵はスタートした。幕末に来日したイギリスの画家ワーグマンに学んだ高橋由一は、明治維新後の美術界を変えるのは真に迫る表現ができる洋画だと胸躍らせる。日本初の油絵を描き、私塾を作ったり美術雑誌を発行したりしてその魅力を広めた。後に続く洋画家たちも、留学したり西欧の画家

絵とアバンギャルド。

戦意高揚という明確な使命の下で描かれた戦争画が現れる前、つまり大正から昭和初期に日本の洋画界を席捲していたのは、戦争画とは真逆の、画家の自我を尊重する「主観上等!」な絵画。その背景にはもちろん西洋の芸術運動や芸術思潮があったのだが、中でも大きなトピックは、シュールレアリスムやダダイスムなど、ヨーロッパの前衛芸術に感化された画家が登場したこと。急速な都市化が進み、非人間的な気配が広がる時代にあって、

ザハ・ハディッドやナイジェル・コーツの 第1作がすすきのにあった!?

2012年の新国立競技場コンペで有名になり、16年に他界したザハ・ハディッド。ロンドンAAスクール出身で、かつては、アンビルト(建たず)の女王と呼ばれていた建築家だ。最初の建築は1993年のヴィトラ消防ステーション。実はその3年前、ザハは札幌で店舗を設計していた。ジャスマックが企画・開発した、すすきの鴨々川沿いの〈ムーン・スーン〉(現存せず)だ。

「彼女のデザインは奇抜で建設は難しい。でもインテ