キーワード

20代

宮本義隆 | ICARO (中目黒)

11年前のオープン当時からメニューがほとんど変わっていない。カルネ・サラータ(牛もも肉のマリネ)、グーラッシュ(牛肉のパプリカ煮込み)といった修業先、北イタリアの肉料理やラビオリを中心に、日本人が好むパスタが数品。で、アラカルトのみ。潔い。定番料理とともに店の顔を作るのが、兄の宮本宗隆さんのサービス。兄も弟もお客に一切媚びない“塩”加減なのに「いつもの」を求める客で賑わうあたり、イタリアのどこかに

野球にまつわるお仕事あれこれ。

いよいよ野球の季節が始まりました。球春到来です。
 
アメリカでは、野球を取り巻く仕事環境が大きく変化しているらしい。
 
まず、新聞の元気がなくなっているから、スポーツ記者の数が減っている。そいでもって、20代の記者はメジャーリーグの仕事をなかなか希望したがらない。いわく「試合数が年間162試合もあって仕事が大変だし、遠征も結構多いよね。いちばん家庭を犠牲にしてるスポーツじゃないかな?」。
 

「よい風景をつくる」ために欠かせないものは何か。中原慎一郎の原点とこれから。

 家具も作るし、住宅や店舗の内装も手がける。展覧会やイベントの監修もする。インテリアショップだけじゃなくて、ベトナム麺食堂も経営し、130社合同の業者向け展示会もまとめる。ランドスケーププロダクツのファウンダー、中原慎一郎の活動は、とても一言では言い表せない。けれど、それらはすべて「よい風景をつくる」ことなのだと、いよいよ明らかにされる展覧会が鹿児島〈霧島アートの森〉で開催されている。

「いろん

これも、花。

中川幸夫という、花の生から死までをいけきろうとした人がいた。花を切り、器に挿す。切られた花は種を宿すことなく急速に死へと向かう。いけばなは、死に花を生かす芸ともいえる。その核心に最も自覚的であったのが中川幸夫であろう。
 
中川がいけばなの世界に登場したのは、太平洋戦争後に興った所謂いけばなブームの潮流の最中であった。戦後の経済成長の下、人々は死の香りを消し去るかのように様々な余暇に興じるようにな

町屋良平『ぼくはきっとやさしい』の岳文

名前:町屋良平『ぼくはきっとやさしい』の岳文

症状:ぼくは黙った。こんなに物事に相対する感覚、感想がおなじなのだから、つたわっているとおもっていた。口にださずとも。

備考:学生時代、全力で相対したピュアな恋と友情。無気力系男子が親や兄弟をも巻き込んで成長していく姿を描くキラキラとした青春恋愛小説。河出書房新社/1,400円。

いま、失われゆく昭和の店に、惹かれるのはなぜだろう。

昭和から平成へと生き続けてきた飲食店の、閉店の報が相次ぐ一方で、そうした店に惹かれる20代、30代が増えている。世代は違えど、いま行かなければ、書かなければという思いに駆られ本を上梓した2人、井川直子さんと難波里奈さんが、3月に閉店が決まった洋菓子の老舗〈アルプス駒込本店〉を舞台に対談。ほっとする、和む、懐かしいでは終わらない、昭和の店の魅力について語り合った。

これからも、日本アニメは“クール”でいられるか?

昭和から平成にかけて、日本は他に類を見ないほどのアニメ大国になったわけですが、そこに至るまでには4つの波がありました。1つは、戦後に生まれた劇場でのアニメーション映画。2つ目は、『鉄腕アトム』をはじめとするテレビアニメの放映。3つ目が、1990年代の、OVAと呼ばれる映像ソフト(VHS、LD)の登場。そして4つ目の波が、インターネットを通じての動画配信です。
 
日本アニメのバリエーションが急増し

家族NOW。

『クレヨンしんちゃん』の野原一家が、「アニメに登場する家族」を代表する一家であることは間違いない。一家は商社勤務のサラリーマンひろし(35)と専業主婦のみさえ(29)夫婦の間にしんのすけ(5)とひまわり(0)の兄妹がいる4人家族。TVシリーズスタート時、野原一家は“ごくごく普通の一家”という設定だったが、四半世紀以上が経過した現在、「20代の専業主婦」「2人の子供」といった要素が言葉ほどに“普通”

21人のスリランカ人と4人の日本人。

今回、S社長が連れて行ってくれるというのは、中目黒になんと28年前からあるスリランカ料理の店。スリランカカレーなるものがちまたではじわじわ流行っていると聞いているし、ちょうど「はっきりした味の料理が食べたい」と子供じみたことを思っていたところだった。はっきりした料理といえばカレーということに世の中決まっている。
 
駅に着くと先に店に到着していたママから「今、大変なことになってます」とライン。なん