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リノベーション

島田 陽/タトアーキテクツ

「460㎡ある元レストランを、新本社兼住宅にリノベーションしてほしい」
 リノベーションという言葉から想像される条件としては規模も構想も壮大な依頼をしたのは、山口県にある老舗醸造会社、光浦醸造。150年以上の歴史を持つ味噌や醤油の醸造の傍ら、工場の乾燥設備を活用してつくるハート形のレモンが浮かぶレモンティーが大ヒット、事業拡大中の企業だ。
 募集時のインタビューで、こまめに足を運んで監理したいと「

403architecture[dajiba]

東京でメディア関係の仕事をしていたが、熱海の実家に戻って寺を継ごうと決めた若い夫婦。403architecture [dajiba]
なら「寺というコンテンツに興味を抱いていただき、一緒に持続可能な新しい形のお寺を作る」ことができると感じて申し込んだ。熱海では施主と同世代の人々が空き家を改修、ゲストハウスやコワーキングスペースにするなどの街づくり活動をしている。
「僕たちが浜松でやっていることと似

藤田雄介/Camp Design inc.

依頼主の祖父自ら設計した、200㎡ほどの木造住宅。その思い入れのある家を、依頼主家族と両親が共に暮らす新たな住まいへ。リノベーションにあたっては、二世帯住宅をニュートラルな空間に設えてくれることを期待し、藤田雄介を選んだという。
「リノベーション前は、一つの建物でありながら長年にわたって増改築が繰り返されてきたため、場所ごとに仕様がまちまちでした。また、親子でインテリアの好みも異なっていたので、全

藤森照信

都内港区のマンションの一室に、藤森ワールドが全開している。床・壁・天井はすべて同じ仕上げで、全面にクリの板が張られている。その中に、過剰なまでにつくりこんだ家具。どこか生き物のようなそれらの家具は、まるで楽しげに集い語らっているかのようにも見える。
 これまで屋根に木を植えたり、外壁を草でこんもり覆ったり、高すぎる柱の上に茶室をつくったり、独自の建築表現で世のほほえみを誘ってきた藤森照信さん。実は

按田優子

「お金=生活するためのもの、という実感があります」と語る按田優子さん。東京・代々木上原〈按田餃子〉の店主にして、料理家としても活躍する按田さんの実感の出どころは?
「実家が銭湯を営んでいるんですが、昔だったら入湯料が大人1人260円、今なら460円。〈按田餃子〉でも餃子5粒で450円、このくらい労働すれば売り上げがいくらになる、労働すると数百円ずつ増えていく、という足し算の感覚が身の丈に合っていま

川沿いの倉庫に理想を詰め込む、セルフリノベの未完の住まい。

 家は「広いこと」が重要だった。友人知人が訪れ、思う存分食べたりしゃべったり。大勢で集い、楽しく過ごせる、広場のような場所。それが高下隆次さんの理想の家だ。
 大阪の安治川沿い。倉庫街に並ぶ、「これぞ倉庫」と言わんばかりの鉄骨2階建て、鋼板張りの倉庫に住んでいる。高下さんは祖父の代から続く工務店の5代目で、この倉庫、父の代までは会社の資材置き場として使われていた。元はといえば鉄工所。2階は鉄工所の

100%の完璧は求めない。ヴィンテージマンションのロフト生活。

 東京は六本木の一等地に立つ、築43年のマンションの最上階。ドアを開けて広がるのは、リビングからベッドルームまでをドカーンと見通す、90平米のワンルームだ。
「NYやアムステルダムのロフト・アパートみたいなところに住みたかったんです」と住人のオステアー・クリストファーさんは話す。住み始めて1年半。以前はマンションのオーナー事務所として使われていた部屋で、改装前提で借り、大規模なスケルトンリノベーシ

里山十帖

「里山の風景と、今では手に入らない総ケヤキ造りの古民家が気に入って、廃業間近の旅館を引き継ぎました」とオーナーの岩佐十良さん。雑誌の編集長でありながら、農業を学ぶために東京から新潟に移住して8年目のことだった。そもそも旅館がやりたかったわけでも、レストランを始めたかったわけでもなかったという。
 新潟の中でも屈指の米どころ、南魚沼の豊かな自然の中に位置する〈里山十帖〉は、6500平米の敷地の中に1

「残ってきたもの」に敬意を払い自分らしく暮らしたい。

 子供の頃から大工になりたかった。中学生の時に進路相談で教師から、大工もいいけど建築家という仕事があるよ、と教えられ、それだ! と思った。高校は理系に、大学は建築学科に進み、設計事務所勤務を経て独立。それだ、と思って以来今日まで、ほかの職業は考えたこともないという。真っすぐな人だ。昔から車も家具も古いものが好きで、服や道具も「いいものを永く使う」が信条。家に対する考え方も同じで、建築家として手がけ