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写真集

雑誌・広告などで活躍。20歳の時、第18回写真ひとつぼ展グランプリを最年少で受賞。写真集に『ビルに泳ぐ』など。

 19歳の星野さんが何度もめくっていたアラスカの写真集。その中に特に好きな写真がありました。シシュマレフという小さな村の空撮写真。ベーリング海と北極海がぶつかる海域にある島でした。その村を訪ねたいと思った星野さん。住所も何もわからないまま、「シシュマレフ村 村長へ」とだけ宛名を書いた手紙を投函します。
「何でもするからどこかの家においてほしい」と。その半年後、「歓迎します」との返事が届きます。これ

動物の感じ方は自由でいい。自分なりの動物像を持つこと。|三沢厚彦

 熊は森で一番強い動物でカッコいい、かつ愛らしい。物語や寓話にもよく登場するが、本当の熊の気持ちは誰にもわからないだろう。
 僕は動物モチーフの彫刻を作品としているが、制作の際は実際の動物はあえて見ないようにしている。“動物”をつくっているのではなく、あるリアリティを持った“彫刻”をつくっているから。
 図鑑のデータや写真などの資料を基に、サイズだけは実物に忠実に、その後は自分の中での熊像をつくり

一枚の写真に込める辺境の“友”への想い。|ヨシダナギ

 写真家と呼ばれるようになっても、いわゆる風景写真というものに一切興味を持てずにいた。が、星野道夫の写真を見て、変わった。それは、伝統的なクジラ漁を行う極北の海の民が暮らす村の写真だった。浜辺には巨大なクジラの骨がオブジェのように突き立っている。それは命をくれた生物に対する感謝を込めた墓標。その写真にはコンビニで投げ売られる絶景写真が持たない何かがあった。それは「想い」なのだと思うに至った。その地

『ナショナル・ジオグラフィック』は星野道夫をどう評価していたのか。

自然フォトジャーナリズムの世界的権威、『ナショナル・ジオグラフィック』
誌。128年もの長い歴史において、星野道夫は作品が特集として掲載された数少ない日本人写真家の一人である。彼はいかに見出されたのか、そしてどんな足跡を残したのか。当時の担当編集者をコネチカットに訪ねて話を聞いた。

世界に一冊だけ。私が作った森山写真集。|スザーン・シャヒーン

 この本は、2011年にNYで開かれたイベント『プリンティングショー』で作ったものです。用意された森山さんの写真のコピーを参加者がそれぞれセレクトし、編集して自分だけの森山写真集『TKY』を制作するという楽しい企画で、人生の中でも屈指のアート体験となりました。目の前で森山さんご本人もコピーを取っていらして(笑)。イベント体験をモノとして持ち帰ることができる、というのも貴重ですね。
 この本で最も気

独特の構図にあの粒子が加わり、森山大道節になる。|北村信彦

 オフィスに置いてある作品は、2004年にヒステリックグラマー渋谷店で開催した『NEOGRAPHY』展で作成したものです。ある日、森山さんが何か違うことをやりたいと、シルクスクリーンの展示を行うことになりました。初期のハーレーのシルクスクリーンを見ていたし、ウォーホルの影響についても聞いていたので、キタなと思いました。
 森山さんというと、ノーファインダーなイメージがあるように思えますが、実際はも

『写真よさようなら』は写真史における金字塔。|マーティン・パー

 僕にとっての森山大道の最高傑作は、『写真よさようなら』だね。仮に僕が森山だったとして、天国の門をくぐるのに番人に見せるのはこれだと思っている。ベストだからさ。
 あの本を1980年代末に神保町の書店で初めて見た時は、目からウロコだった。「写真集の方が何倍もいいじゃないか」と、それまでよく見ていたシャーカフスキーらの展覧会カタログをののしったよ(笑)。
 一番感動した部分は、ネガとプリントを壊した