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建築家

チキンハウス | 吉田研介

「この家は、きちんと片づいている景色がいちばんいい。こうして椅子に座って眺めるとなおさらいい」「15年前、コルビュジエの〈母の家〉を見に行ったのだけれど、私の家の方が断然いいなと、心からそう思ったんですよね」
 
次から次へと、衒いのない言葉があふれ出す。吉田研介の自邸は、モダン住宅全盛の1975年、若手として頭角を現し始めていた吉田が37歳で建てた木造住宅だ。チキンハウスの意味は「拙宅」。欧米で

造園家、齊藤家の1年。

天井の高い、半地下のリビングダイニング。背高の窓の外では、さまざまの木々が思い思いに枝葉を伸ばす。森の大木をくりぬいた中から外を眺めているような、不思議な安心感が訪れる。「昔からずっとここに住んでいたみたい。転居してすぐから、新築とは思えないほどしっくり落ち着きました」と、家主の齊藤太一さんが話す。
〈SOLSO FARM〉をはじめとする農場やショップを営み、造園家として活躍する齊藤さん。土地探し

南カリフォルニアの自然を生ける。

ロサンゼルス在住の陶芸家・アダムの友人ラヴィは建築家であり、〈草月流LA支部〉のディレクターを務める華道家でもある。

「僕もアダムも日本の建築に影響を受けてきたという共通点があって。僕は12年前に草月流の武市治子先生に出会って、生け花を始めたんだ。草月流は花を現代美術的な観点で見ることから始まった、従来の伝統からの脱皮を実践している流派だと理解しているよ」(ラヴィ)
「ジョン・ケージやヨーコ・オ

燭台切光忠とピエール・ジャンヌレ。

焼損という状態から美術品としての新たな評価を再び取り戻した《刀 燭台切光忠》。同じく、一度は失われたかと思われた価値が再発見された物語を持つ椅子があることをご存じだろうか。
 
椅子の作者、ピエール・ジャンヌレは1896年にスイスのジュネーヴで生まれた建築家。近代建築の祖であるル・コルビュジエのいとこにあたる。2人がともに携わったのが、1951年から始まった、インド・チャンディガールの都市計画だ。

散歩中に見つけた花と自作の花瓶。| 坂口恭平

「自分で作った花瓶に、銀座の花を生けるよ」と、本誌編集部のある銀座周辺に咲く花を使うという、驚くべき提案をしてくれた坂口さん、「銀座の花」とはこれいかに。取材当日、半信半疑の取材班の前に「ほら、あったでしょ」と携えてきたのは、何と「野イチゴ」と「ジンチョウゲ」。まさか銀座の片隅に、イチゴが実をつけているとは。

「少し歩いたらすぐ、道路脇にひっそり咲いていたのを見つけたよ。気分が良くなると、いつも

時空を超える、イケムラレイコの世界。

絵画や彫刻、版画、写真など多様なメディアをもって生み出される彼女の世界観は、絵本のように温かく幻想的でありながら、どこか恐ろしくもあり、いつまでも胸にじんわりと響いて奥深い。1970年代にスペインへ渡り、スイスを経たのち、ドイツを拠点に40年来活動を続けてきたアーティスト、イケムラレイコの大規模な展覧会『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』が、いま国立新美術館で開かれている。

「展覧会

[PR]代官山に、日本初となる〈TISSOT〉のコンセプトストアが登場。

古くには武家や大きな商屋が屋敷を構えた由緒ある地、代官山。1960年代には、住居、オフィス、店舗から成る複合施設の先駆けともいえる〈代官山ヒルサイドテラス〉が誕生し、それに合わせてカフェやアパレルが点在する先進的な街へと変貌を遂げてきた。2010年代には〈代官山 T-SITE〉や〈テノハ代官山〉などの商業施設も相次いで開業、常に新しい文化を発信し続けるエリアとして人気を集めている。そして2019年

赤坂と浅草、話題のカプセルホテルに実力派ショップの直営店が続々出店。

巷のコーヒーが急速にレベルアップする中、後れをとっていた感のあるホテル業界に、ついに変化の時が訪れた。ここ数年、小〜中規模ホテルの1階にスペシャルティコーヒーを扱うショップが入店し、ホテルの“顔”になっている。おいしいコーヒーがホテルの質を物語る時代がやってきた。