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建築家

Log H by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

H形鋼の重厚感と、窓の軽やかさが交互に積み重なる、バランスのよい空間だ。
「壁の半分が窓なので、旗竿地なのに十分明るいんです」とご主人の小嶋亮平さん。この家にあるのは3つのフロアと、浴室や台所など最低限の水回り。建築家には欲しいものではなく、いらないものを伝えたという。
「一般的な住宅の8割の設備は不要だと思っているんです。この家には一つも収納がないし、玄関には靴脱ぎ場すら造らなかった。でも、その

守谷の住宅 by 納谷建築設計事務所

夫婦ともに東京藝大の工芸科を卒業し、奥様の康舜香さんはジュエリーデザイナー、都内のゲームメーカーに勤務するご主人の平塚貴司さんはバイクいじりが趣味と、モノ作りに長けた2人。アトリエ兼ガレージである広々とした土間を活用し、さっそく家に手を入れ始めている。

例えば舜香さんの彫金作業場には、自作した工具棚が。道具のサイズや作業効率を考えて作ったものだが、同じくらい配慮したのが棚板の素材。選んだ木材は、

相模原の住宅 | 野沢正光

川県郊外の住宅地で、特に目立つことなく、むしろ紛れ込むように野沢正光邸は立っている。48歳の時に造って27年。一人娘は独立し、通訳や翻訳の仕事をする妻との2人暮らしだ。建物は天井が低く開口部が大きい鉄骨造。センダンの大木を囲むように配した2つの棟と、それをつなぐ階段室から成っている。吉村順三や大高正人に学び、清家清の抑えたプロポーションを愛する野沢らしい、とてもささやかな住宅だ。
 
敷地には坪庭

チキンハウス | 吉田研介

「この家は、きちんと片づいている景色がいちばんいい。こうして椅子に座って眺めるとなおさらいい」「15年前、コルビュジエの〈母の家〉を見に行ったのだけれど、私の家の方が断然いいなと、心からそう思ったんですよね」
 
次から次へと、衒いのない言葉があふれ出す。吉田研介の自邸は、モダン住宅全盛の1975年、若手として頭角を現し始めていた吉田が37歳で建てた木造住宅だ。チキンハウスの意味は「拙宅」。欧米で

造園家、齊藤家の1年。

天井の高い、半地下のリビングダイニング。背高の窓の外では、さまざまの木々が思い思いに枝葉を伸ばす。森の大木をくりぬいた中から外を眺めているような、不思議な安心感が訪れる。「昔からずっとここに住んでいたみたい。転居してすぐから、新築とは思えないほどしっくり落ち着きました」と、家主の齊藤太一さんが話す。
〈SOLSO FARM〉をはじめとする農場やショップを営み、造園家として活躍する齊藤さん。土地探し

南カリフォルニアの自然を生ける。

ロサンゼルス在住の陶芸家・アダムの友人ラヴィは建築家であり、〈草月流LA支部〉のディレクターを務める華道家でもある。

「僕もアダムも日本の建築に影響を受けてきたという共通点があって。僕は12年前に草月流の武市治子先生に出会って、生け花を始めたんだ。草月流は花を現代美術的な観点で見ることから始まった、従来の伝統からの脱皮を実践している流派だと理解しているよ」(ラヴィ)
「ジョン・ケージやヨーコ・オ

燭台切光忠とピエール・ジャンヌレ。

焼損という状態から美術品としての新たな評価を再び取り戻した《刀 燭台切光忠》。同じく、一度は失われたかと思われた価値が再発見された物語を持つ椅子があることをご存じだろうか。
 
椅子の作者、ピエール・ジャンヌレは1896年にスイスのジュネーヴで生まれた建築家。近代建築の祖であるル・コルビュジエのいとこにあたる。2人がともに携わったのが、1951年から始まった、インド・チャンディガールの都市計画だ。

散歩中に見つけた花と自作の花瓶。| 坂口恭平

「自分で作った花瓶に、銀座の花を生けるよ」と、本誌編集部のある銀座周辺に咲く花を使うという、驚くべき提案をしてくれた坂口さん、「銀座の花」とはこれいかに。取材当日、半信半疑の取材班の前に「ほら、あったでしょ」と携えてきたのは、何と「野イチゴ」と「ジンチョウゲ」。まさか銀座の片隅に、イチゴが実をつけているとは。

「少し歩いたらすぐ、道路脇にひっそり咲いていたのを見つけたよ。気分が良くなると、いつも