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40年代

名古屋喫茶の魅惑の人気モーニングを新旧織り交ぜて紹介。

名古屋喫茶の王道を行く老舗。

昭和22(1947)年創業。大須本店はつややかな床のウッドブロックや深紅のべっちんのソファ、織部調の緑の壁タイルなど調度品や意匠も魅惑的。市内に全8店舗があり、昭和30~40年代に名駅や栄の地下街の発展に合わせて支店を出店。名古屋の経済発展と歩調を共にしてきた。サンドイッチのテイクアウトをいち早く始め、今でも行列ができるほどの人気。ぷりぷりのエビフライを3本も挟んだ

北海道土産の定番・木彫り熊の奥深き世界へ。

一瞬、倉庫のような外観に入るのをためらうが、中には木彫り熊がずらり。民芸品の卸業の2代目・川口拓二さんは、3年ほど前から小売りも始めた。木彫り熊は、大正時代から移住者やアイヌの人たちによって作られてきた。北海道観光ブームに沸いた昭和30〜40年代にはお土産品として大人気に。近年はアートとしての価値が見出され、道外から店を訪れるコレクターも多いとか。扱っているのは、今では手に入りにくい名人の作品のほ

もっと知りたい、ミッドセンチュリーデザイン。

デザイナーたちの活躍の背景には、戦争をはじめとする社会環境と、歴史の流れがあった。名作の誕生は、時代の必然でもあったに違いない。

1950年代前後のアメリカは、デザインを取り巻く環境に独特のものがあった。中でも重要なのは、45年に終結した第二次世界大戦だろう。戦勝国か敗戦国かにかかわらず、この戦争は世界中の国々に絶大なダメージをもたらした。しかし数少ない例外として、戦後すぐに勢いを回復したのが、

グッドデザインを大衆に。

1917年マサチューセッツ州生まれ。ボストンの学校でアートを学び、第二次大戦後にニューヨークに移る。デザインは独学だったが、40年代後半から家具の仕事を始め、49年から60年代にかけて代表作のプランナー・グループを発表。製造元の〈ウィンチェンドン・ファニチャー・カンパニー〉の知名度は低いが、当時はアメリカ有数の量販家具ブランドだった。その作風は、イームズやネルソンらに比べると大衆的でコーディネート

HEY GENTLEMAN CAFÉ

 ネクタイを緩めた紳士のオフタイム“ルーズトラディショナル”をコンセプトに、オーダースーツ、オリジナルブランド、古着で構成。ヴィンテージ・ハリスツイードは日本最大級の品揃えだ。特筆すべきは、店主の馬場丈雅さんがアメリカでイギリスものを買い付けているということ。それは英国ものが揃うアメリカのヴィンテージショップ、ボビーフロムボストンへの憧れから。ヘイジェントルマンカフェにはアイビー由来の英国スクール

やっぱり日本製は穿きやすい。

やっぱり日本製は穿きやすい。

日本生産にこだわる〈オーディナリーフィッツ〉から、使い勝手のいいイージーパンツが登場。シルクコットン生地を使い、ウエストはゴム仕様、サイドはシームレスに仕立てた。ゆとりのあるワタリから裾に向かってテーパードしたシルエットも今っぽい。こちらはボトルスの別注色。19,000円(オーディナリーフィッツ/ボトルス☎06・6136・5225)

木彫り熊と共に生きたアイヌ彫刻家が、その目に映してきたもの。

 鮭をくわえた“木彫り熊”を見たことがない日本人は、ある年齢より上の世代にはいないのではないか。1960〜70年代の北海道ブームは、現在では信じられないほど高まって、阿寒湖のアイヌコタン(集落)が、まるで原宿の竹下通りのようにヒップな若者たちで埋め尽くされていたという。
 現在、札幌芸術の森美術館で回顧展が行われている彫刻家、藤戸竹喜は、木彫り熊の黎明期から、爆発的な人気を博し、衰退していく過程を

JAEGER-LECOULTRE

角型時計の永遠のアイコン「レベルソ」が知られるが、実は丸型も秀でる。ほぼすべてのパーツを自社製造する名門マニュファクチュールが1992年に世に送り出した「マスター・コントロール」は、1,000時間にも及ぶ厳格なテストを課し、高精度と耐久性とを保証した歴史を持つ。その伝統を受け継ぐ新作は、グッとヴィンテージな装いである。二重のサークルの内側から時、外側から分・秒の各インデックスが伸びるデザインは、4