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40年代

もっと知りたい、ミッドセンチュリーデザイン。

デザイナーたちの活躍の背景には、戦争をはじめとする社会環境と、歴史の流れがあった。名作の誕生は、時代の必然でもあったに違いない。

1950年代前後のアメリカは、デザインを取り巻く環境に独特のものがあった。中でも重要なのは、45年に終結した第二次世界大戦だろう。戦勝国か敗戦国かにかかわらず、この戦争は世界中の国々に絶大なダメージをもたらした。しかし数少ない例外として、戦後すぐに勢いを回復したのが、

JAEGER-LECOULTRE

角型時計の永遠のアイコン「レベルソ」が知られるが、実は丸型も秀でる。ほぼすべてのパーツを自社製造する名門マニュファクチュールが1992年に世に送り出した「マスター・コントロール」は、1,000時間にも及ぶ厳格なテストを課し、高精度と耐久性とを保証した歴史を持つ。その伝統を受け継ぐ新作は、グッとヴィンテージな装いである。二重のサークルの内側から時、外側から分・秒の各インデックスが伸びるデザインは、4

力道山の愛した店。

 昭和40年代まで渋谷に聳え立っていた、伝説の複合施設リキ・スポーツパレスの2代目総料理長を務めた力道山お抱え料理人、高梨正信さんが腕を振るう洋食屋〈香港〉。興行のプロモーターを引き受けるなど、日本のプロレス史とともに歩んできた彼のもとには、今も錚々たる顔ぶれのレスラーが通う。力道山が最も愛したメニューは、牛肉450gを使った1ポンドステーキをレアで仕上げたもの。東京人の舌に合う飽きのこないオリジ