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平安時代

盛って描くかリアルを残すか、 男たちの顔面決戦。

平安時代、礼拝や尊崇の対象として描かれたのが貴人や高僧の肖像画。やがて写実的な墨描きポートレート「似せ絵」を経て、中世には天皇や武士など権力者の肖像が描かれ始めた。
 時の大物の絵とあらば、求められたのはリアルな姿より、本人や発注者にとっての理想像だろう。抑えた表現で気品と威厳を描き出した《伝源頼朝像》はいかにも人格者に見える。《鷹見泉石像》は、蘭学の弟子(渡辺崋山)が師匠(泉石)を描いたものだか

めくるめく、オトナの絵本。

絵巻とは、巻物になった絵本のようなもの。詞書(物語)とその場面の絵を交互に見て、物語の世界をあれこれ想像する。仏画が仏教の教えを伝えたように、絵巻は日本の教養を面白く伝えるツールだったのだ。いわば「合戦絵巻」は「マンガで覚える歴史」で、「説話絵巻」は「アニメで知る昔話」。右から左へとストーリーを途切れなく伝える構成は、ダイナミックな時空間の飛躍や、緩急つけた戯画的表現を生み、ゆえにアニメの原点とも

ナンパもダンスも団欒も。

浮世絵のルーツは庶民の日常を描いた風俗画だ。踊り、祭礼、遊郭に興じる町衆たち。実は平安の絵巻にも風俗描写はあるのだが、独立した絵として描かれるようになったのは戦国時代が終わる頃から。踊りなら踊り手をズームアップし、遊里なら親密な空気や猥雑な会話も伝わるようなフレーミングで。非情の世に隠れていた人間の愛すべき営みに目を向けてみたら、意外と絵になった、ということだろう。ほかにも、宴や歓楽の様子を肯定感

描かれたキャラで画家を知る。 動物たちの妄想劇場。

絵の中の動物をキャラ化して見ることはないだろうか。「この応挙の仔犬、絶対、眠いって言ってる」レベルの戯言で。その体でいくと、竹内栖鳳の獅子は孤高のボーカリストで海北友松の龍は歌舞伎役者。鳥獣戯画は小劇場の役者たち? 
 
京都画壇を率いた栖鳳は、寡黙ながら多くの画家に慕われた。土田麦僊ら愛弟子が反旗を翻した時もその自由を尊重し、西洋かぶれと揶揄されても気に留めず。まさに獅子王のカリスマだ。
 

リズムにも乗せやすい江戸文芸の「非意味」な響き。

レッツダンス
点々 つけてくレディ
線々 繋げるオレ
ふたりだけの星座図さ
転々 恋の起承転
てんてこ舞いのエビデー
きっと今夜も・・・(テンテテン)クラクラ

転々としてるベイベー
惚れ惚れしちゃうぜ オレ
でもそろそろ落ち着きな
転々 恋の起承転
誰々 それ何度目?
終着点は・・・(テンテテン)有耶無耶
見つめ合えば・・・(テンテテン)困るなぁ


「今夜もテンテテン」
作詞/児玉雨子
作曲・

スペシャリスト2人が語る、伝統建築のこと。

藤塚光政 さてまずはここ、宮城さんのホームグラウンドでもある平等院の話から始めましょうか。鳳凰堂って、洲浜のせいか甲殻類が池に入っていくようにも見えるし、また翼廊と尾廊があるせいか、そのシルエットが鳳凰よりオスプレイのように見える。ほかにはない特殊な平面の建築だなと思いました。
宮城俊作 そうですね。ある意味で具象建築ですね。平等院は、遣唐使の廃止後、和様が独自の発展を遂げて形を成しつつあった時代

本来はみな道具、「わだば平安と生きる」。|杉本博司

 現在では蒐集専業だが、現代美術作家の杉本博司さんは、民藝から始まって、仏教美術や神道美術の優品を美術館へ納めるほどの古美術商をNYで営んでいた、いわば骨董のプロ。だから本来道具として作られたそれらは人に使われてこそ、つまり茶碗なら茶を点て、仏像なら拝まれることで、伝世の味わいが増すとよく知っている。
 古典へのリスペクトが深く、時に平安原理主義を標榜する杉本さんのコレクションの中で、日常生活での