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日常的ドイツの冒険 by村上春樹 Vol.10「ドイツ的病気レコード事情について」

村上さんがドイツのいくつかの街を巡った1ヵ月間を記録。1984年のBRUTUSドイツ特集でのレアなエッセイ集を復刻掲載。

Text: Haruki Murakami

ドイツ的病気レコード事情について

ハンブルクにもベルリンのトルコ人街ほど強力ではないにしても幾分それに感じの似た区域はあって、ここにもやはり外国人労働者や貧乏学生や売れないアーティストなんかが住んでいる。街の外周(Wall)を越えてアルトナに向うあたりだが、庶民的な飲食店なんかがいっぱいあって、なかなか楽しめる。

とくに、Uバーンのフェルトシュトラッセ駅の付近には学生向けの古本屋やカルチュア・ショップやレコード店がけっこう揃っている。その中でいちばん有名なのが〈RIP-A-RECORD〉というレコード店で、ここはパンク、アンダーグラウンド病気レコードを専門に扱っている。

それほど広い店ではないが、その手のレコードがぎっしりとつまっているから、マニアにはこたえられない。店員も見かけはごついけど、とても親切にアドバイスしてくれる。

この手のレコード店はもちろんべルリンにもあるのだけど、ベルリンとハンブルクではけっこう置いてあるレコードの種類が違う。というのはつまりその都市ごとのローカル・レコードが中心に売られているわけである。ハンブルクのローカル・レコードはあまりベルリンで売られていないし、逆にベルリンのローカル・レコードはあまりハンブルクで売られていない。

〈RIP-A-RECORD〉で何枚か面白そうなローカル・レコードを買ったら、お兄さんが「これオレがプロデュースしたんだ」と言って「ヒロシマ」というタイトルのマキシ・シングルをおまけにくれた。ジャケット写真がアウシュヴィッツの死体焼却炉で、裏が広島の原爆写真という強力なものである。

実際に聴いてみると歌詞はぜんぜん理解できないけど、なんか「ヒロシマア、ヒロシマア」という暗いめのリフレインがつづく陰々滅々としたレコードで、なかなか面白い。まあ僕自身の好みからいえば正直なところマット・デニスの方が好きですけど。

ベルリンのトルコ人街でぶらりと古本屋に入ったら、そこにもかなり病的レコードが揃っていた。店主の女性にどれが面白いですか?と尋ねたところ、「さあ何が面白いかしら、私は個人的にはヴィヴァルディーしか聴かないので」ということであった。

仕方ないから五、六枚出鱈目に買ってきたら半分くらいはアジ演説のレコードだったりして、こういうのは参ってしまう。