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日常的ドイツの冒険 by村上春樹 Vol.9「ヴォルフガングの不気味レコード」

村上さんがドイツのいくつかの街を巡った1ヵ月間を記録。1984年のBRUTUSドイツ特集でのレアなエッセイ集を復刻掲載。

Text: Haruki Murakami

ヴォルフガングの不気味レコード

ドイツには中古レコード屋がけっこうあるけれど、掘出しものというのはあまりないし、あっても高い。

そんなわけで今回の旅行では中古ものはあまり買わなかったけど、かわりに新品レコードはいっぱい買った。その中で僕が日本に帰ってきていちばん愛聴しているのはラモナという女の子が歌っている「Tanz im Feuer」というシングル盤なんだけど、これは何をかくそう『フラッシュダンス-ホワット・ア・フィーリン」のドイツ語版であります。

要するにあの唄の「What a feelin!」いう部分を「Tanz im Feuer」(Dance of Fireである)と置きかえて歌うわけなんだけど、これが意外にいじらしくて好感が持てる。僕は、だいたいヒットソングの現地語ヴァージョンというのが大好きで、トルコ語版「情熱の花」とかオランダ語版「センチメンタル・ジャーニー」みたいなのを愛好している。

そういう話をヴォルフガング君にしたら、彼は「じゃ、これ聴きなよ」と言っていろんな不気味なレコードをレコード・ラックからいっぱいひっぱりだしてきてくれた。

彼はミュージシャンとしても偏執的だけど、不気味レコードのコレクターとしても相当に偏執的である。彼がその時聴かせてくれたのはドイツ語版『へアー』の中の「アクエリアス」で、これは「Aquarius!」いうところを「Der Wasserman!」と唄う珍品である。

でもまあ理屈としてはあってる。ヴォルフガングに言わせると、これは〈戦後ドイツが産んだ最悪のもののひとつ〉なんだそうだけど、一杯かげんで聴けばまさに抱腹絶倒ものである。

その他にもパンク版「ホワイト・クリスマス」とか、「正調台所ヨーデル」とかいった腸が痛くなるようなレコードをいろいろと聴かせてもらった。

ヴォルフガング君のアパートはベルリンの壁際のトルコ人街のまんなかにある。一般のドイツ人に言わせるとトルコ人街に住むやつなんかみんな反社会的ドロップアウトの層だということになるのだけど、僕がトルコ人街で知りあった連中にはヴォルフガング君をはじめとして親切でインテリジェントでナイーブな人たちが多かった。

東京には「あんなところに住むやつはみんな屑だ」と言われるような場所がなくて、それはそれで良いことなんだろうけれど、そのぶんいろんなことがほどほどに内向してしまうみたいだ。