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日常的ドイツの冒険 by村上春樹 Vol.7「午前十一時のハウプトバーンホフ」

村上さんがドイツのいくつかの街を巡った1ヵ月間を記録。1984年のBRUTUSドイツ特集でのレアなエッセイ集を復刻掲載。

Text: Haruki Murakami

午前十一時のハウプトバーンホフ

ドイツでは土曜の午後から月曜の朝まで飲食店と特定の薬局以外の店は一軒の例外もなく全部シャッターをとじてしまう。だから土曜の午後に突然耳かきが欲しくなったり、テープレコーダーの電池が切れているのに気づいても、これはもう絶対のアウトである。

もっともそれが大都市であればまるで救済の道がないわけではなくて、そういう時はそこの中央駅(ハウプトバーンホフ)にかけこめばよろしい。中央駅にはだいたい大きなショッピング・アーケードがあり、ここだけは休日でも営業が許可されているからである。まさに、「開いててよかった」というかんじだ。

しかし何もそんな非常時だけに限らず、中央駅ショッピング・アーケードは平日だって十分に楽しい。床屋もあるし、花屋もあるし、本屋もあるし、化粧品、雑貨、酒屋、煙草屋、パン屋、果物屋と大抵のものは揃っている。それからもちろん食堂もある。ハンブルクの中央駅に即していうとまず上級レストランがあり日本でいうとデパートの食堂みたいな一般レストランがある。そしてその他にソーセージ・スタンド、ビア・バー、ミルク・バー、シュネル・イムビス(簡易料理スタンド)、お菓子スタンド、サンドウィッチ・スタンド、とずらりと揃っている。

スタンドの値段はアップルケーキ百二十円、生ビール(中)二百円、ソーセージ百八十円、コーヒー百二十円というところ。一般レストランで上等の方の朝食をたのむと、大きなハムとチーズ、パンが三個にバターとジャムがたっぷり、ゆで玉子、オレンジ・ジュースとポット入リコーヒーで約八百円である。これだけ食べるとかなり腹いっぱいになる。ホテルで高い朝食をとるよりはずっと気がきいている。これだったら駅の中で暮してもいいくらいのものだ。

駅は、大きな駅ならどこの国だってみんなそうだけれど、まるで何百人もの人が一所懸命刷毛で何かをこすっているみたいな不思議なざわめきかたをしている。そんなざわめきの中で、がらんとしたレストランのテーブルに一人座ってちびちびとビールを飲んでいると、何ということもなく気持が安らいでくるものである。絶え間なく移動しつづける人々の姿は、僕自身がいまのところまだかろうじて何かにつながっているということを思い出させてくれる。ちょうど波打ち際に打たれた杭のように。