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日常的ドイツの冒険 by村上春樹 Vol.5「フランクフルト動物園のレストランとアリクイ」

村上さんがドイツのいくつかの街を巡った1ヵ月間を記録。1984年のBRUTUSドイツ特集でのレアなエッセイ集を復刻掲載。

Text: Haruki Murakami

フランクフルト動物園のレストランとアリクイ

ミシュランの観光ガイドで三ツ星といえば「worth a journey」つまりムリしても行きなさい、それだけのことはあるから、というしるしだがフランクフルトの町にはこの三ツ星を冠せられた栄誉ある場所は一カ所しかない。それはゲーテの生家でもなく、大聖堂(ドーム)でもなく、実にフランクフルト動物園なのである。ドイツ中探したって三ツ星の動物園なんてここ以外にはない。

動物園は町の中心から少しはずれたところにあって、市電に乗っていくのがいちばん便利である。この動物園のいちばんの特徴は檻を極力少くし、なるべく自然に近い状態で動物を眺めることができるように工夫されていることである。おかげで野鳥館では見物客の頭上をさまざまな鳥がとびまわり、頭の上にフンを落とされることにもなるのだが、それが自然なんだからまあ仕方なかろうというおおらかさでもって全体が運営されている。こういうところは上野動物園とはずいぶん違う。もっとも上野みたいに人が多いとどうしようもないんだろうけどね。

正門を入った右手にちゃんとしたレストランがあって、ここではわりにまともなランチを食べることができる。

本日のコースみたいなものもあるし、ワインも選べる。味も悪くない。僕がここを訪れたのは冬だったから、動物園はとてもすいていてレストランの利用客も毛皮のコートを着こんだ品の良いおばあさん一人きりだった。

老人無料パスがあるせいか、ドイツの動物園には老人客がとても多い。彼女は一人で奥のテーブルに座り、静かにランチを食べていた。僕はビールを飲んでビーフ・ソーセージを食べ、それからとても寒いのでラム入りのコーヒーを飲んだ。

ときどき窓の外から何かの動物のだ。声が聞こえる他は、とてもしんとしている。冬のフランクフルト動物園は檻が少いせいで、まるで見捨てられた村のように見える。

ラムコーヒーを飲んでしまうと僕はレストランを出てアリクイ舎に入り、アリクイを眺める。アリクイの夫婦だ。しかしアリクイの夫婦は二匹でくしゃくしゃにからみあって眠っているので、とてもアリクイの夫婦には見えない。なんだかわけのわからない形をした一頭の毛むくじゃらの獣のように見える。

一時間あとで寄った時も、彼らは同じ姿勢のままでまだ眠っていた。