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日常的ドイツの冒険 by村上春樹 Vol.3「レパバーンとサッカーの不思議な結びつき」

村上さんがドイツのいくつかの街を巡った1ヵ月間を記録。1984年のBRUTUSドイツ特集でのレアなエッセイ集を復刻掲載。

Text: Haruki Murakami

レパバーンとサッカーの不思議な結びつき

レパバーンにあるかの高名なテレフォン・バーのカウンターでビールを飲んでいたら、ちりちりと電話のベルが鳴った。僕はテレフォン・バーというのはこちらから女の子を指定して電話をかけるだけのものだと思いこんでいたので、逆に女の子の方からこちらにかかってくるとドキッとしてしまう。だって僕は他のスタッフが近所で撮影している時間つぶしに、ひやかし気分でビールを飲んでいただけなのだ。
「私二十二番だけど、そちらに行っていいかしら?」と女の子が言う。

二十二番のテーブルを見ると、二十代半ばのすっきりとしたかんじのブロンドが座っている。なかなか悪くない。二十二番といえば田淵だなあと下らないことを考えながら、相手に「申しわけないが、それほどの時間がなくて」と説明する。「お話するだけでいいわ。飲み物をごちそうしてもらえれば」と彼女は言う。

どうしてこんなことになるかというと、なにしろ店が暇だからである。暇なんてものじゃなくて、よく見ると僕の他には客は一人もいない。困ってしまう。女の子の方も他に客がいなくてまるで商売にならないから、退屈しのぎである。
「サッカーのワールド・カップのドイツ・トルコ戦のビデオをいまテレビでやってるのよねえ。だから客なんて来ないわよ」と彼女は言う。

なるほどね、そういうことだったのか。こういう日にレパバーンに来ればいろいろと余得がありそうである。しかし、何度も繰り返すようだけど、残念ながらそれほどの時間がない。

テレフォン・バーを出て、待ちあわせのポルノ・バーでウィスキーを飲む。ポルノ・バーの巨大スクリーンでもワールド・カップのドイツ・トルコ戦のビデオが上映されていて、疲れ果てたような中年男たちがじっとその画面をにらんでいる。ポルノ・バーでサッカー試合というのも変なものだけど、やがて試合の前半が終ると突如画面はポルノ・フィルムに変ってスッポンスッポンという例のやつが始まる。そしてそのスッポンスッポンがグジュグジュというかんじで終息すると、また突然サッカ―の後半が始まる。

そのあいだオジサンたちはサッカーだろうがポルノだろうが一貫して表情ひとつ変えずにじっと画面に見入っているのである。これは、なかなか凄かった。