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日常的ドイツの冒険 by村上春樹 Vol.1「運河に沿って——ドイツ的田園調布のありかた」

村上さんがドイツのいくつかの街を巡った1ヵ月間を記録。1984年のBRUTUSドイツ特集でのレアなエッセイ集を復刻掲載。

Text: Haruki Murakami

運河に沿って——
ドイツ的田園調布のありかた

ハンブルクというと、日本ではレパバーンだ飾り窓だビートルズだと相場が過激に決まっちゃうみたいだけど、総体としての都市ハンブルクは、これはもう日本の同規模の都市とは比較にならないくらい静かでひっそりとしている。

とりあえずアルスター湖の形を胃袋に見たてて説明すると、右わき腹のあたりに過激ハンブルクが位置し十二指腸のあたりにショッピング街がある。肝臓付近が一般庶民住宅街で、食道(つまり運河)に沿って山の手住宅街が連なっている。この四つのセクションはもう実にくっきりと区分されていて、入りまじりようがない。

アルスター湖が氷結する冬期をのぞいて「運河めぐり(カナール・フアールト)」遊覧船が出ているので、これに乗るとハンブルクの高級住宅街を内側からうかがうことができる。このあたりの屋敷は道路側に面した前庭もかなりのものだが、裏庭はもっとずっと広く、樹木も芝も文句のつけようがないくらいしっかりと手入れされている。運河に面して水遊びのためのボートハウスがあり、表側にガレージがある。ガレージの中にはもちろんメルセスとBMWかポルシェ。ベッドルームは七、八室というところ。家のスタイルは古いが機能は新しく、手入れは万全——と、要するに完璧な上流ヨーロッパ・スタイルである。

こういう風景は最初のうちこそ「うーん綺麗だなあ」と感心して見ているのだけれど、そのうちだんだん飽きてくる。そして「だからいったいどうなんだ」と叫びたくなってくる。だからどうなんだと言われても、向うも答えようがなくて困っちゃうだろうけど、こっちだって困ってしまうのだ。「ちょっと綺麗すぎるんじゃないですか?」とも言えないしね。「綺麗ったって、よくわかんないけど、普通こんなもんじゃないの」と言われればそれまでである。

結局のところ、我々日本人は規範と様式のほぼ欠如した世界に住むことの心地良さを知ってしまったが故に、一定の理念と順序にもとづいて構築された集合体に対してうまく馴染めなくなってしまったみたいである。だからボートハウスつきの広い裏庭といったような冗談抜きのマジなステイタス・シンボルを見せられると、気持よく笑いきれなくて、ついつい困ってしまうのである。だってどこかの漫才師がやったように、田園調布は笑えるものね。