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村上春樹の『続・古くて素敵なクラシック・レコードたち』:シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 D810

村上さん自身が「趣味というより“宿痾”に近い」というレコード蒐集。所有するウン千枚の中から、村上さんが特に気に入っているクラシック・レコード486枚を紹介した『古くて素敵なクラシック・レコードたち』は、2021年6月に刊行されるやまたたく間にベストセラーに。「こんな個人的な趣味嗜好の本が……」と不思議がりつつ、「本に収まらなかったけど、まだ語りたいレコードはたくさんある」という村上さん。それならぜひこの場で!とお願いし、増補分をBRUTUS『村上春樹 下「聴く。観る。集める。食べる。飲む。」編』特集に寄稿してもらいました。

Photo: Keisuke Fukamizu

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シューベルト
弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 D810

スペースの関係でジャケット写真は載せられなかったが、うちにある最も古い録音はカペーSQ(SQ:弦楽四重奏団の略記。以下同)のもの(1928年)。録音は古いが、音質は決して悪くない。4人の楽音がひとつに融け合うような優美な演奏に、思わず聴き惚れてしまう。

ブッシュSQもやはり戦前のSP録音だが、カペーSQに比べるとより論理的、構築的な演奏になっている。ドイツ的、というか。その音の緻密さは見事だ。カペーSQのような連綿と絡み合う情緒はないが、想念は思索的に深い。

ブッシュSQ/シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 レコードジャケット
ブッシュSQ 日Angel GR-2230(1936年)

ブッシュSQの演奏がドイツ的だとしたら、ウィーン・コンツェルトハウスSQの演奏は名前通りウィーン的なものだ。その音楽は前者ほど緊密、求心的ではなく、空気がうまく流れるように、構築性がほどよく緩められている。フランツ・シューベルトが生きていた古き佳き世界の匂いがする(ような気がする)。三者三様、まさに歴史的名演だ。

ウィーン・コンツェルトハウスSQ/シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 レコードジャケット
ウィーン・コンツェルトハウスSQ 日Westminster VIC-5385(1957年)

と、ここまでが「古典的」モノラルの世界で、このあとはステレオ録音の時代に入る。それにつれて演奏スタイルも微妙に変化を遂げる。

アマデウスSQは基本的にブッシュSQのスタイルを引き継いでいるが、その音楽はグループの一体感よりはむしろ、4つの弦楽器が作り出すコントラストと、それがもたらす緊迫感を追究しているように聞こえる。前3者を聴いたあとでは攻撃的にさえ聞こえる。

アマデウスSQ/シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 レコードジャケット
アマデウスSQ Grammophon 138 048(1959年)

メロスSQは1965年にシュトゥットガルトで結成されたグループ、演奏のラインとしてはアマデウスSQに近いが、アマデウスほど硬質ではなく、緊迫感がいくぶん和らいで、ハーモニーがふくよかになっている。音には瑞々しさが感じられる。2楽章がとくに素敵だ。しかしウィーン情緒みたいなものは見当たらない。

メロスSQ/シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 レコードジャケット
メロスSQ 日Grammophon MG8149-55(1974年)

硬派で鳴らすジュリアードSQだが、冒頭の入りは「あれ!」と意外に思うほど繊細で柔らかだ。ジュリアードの売りの鋭いコントラストは、ここでは思い切って抑制され、4人が心を寄せ合うようにして一本の太い、音楽の糸を縒り合わせている。そこにはストレートな叙情さえ漂っている。かといって音楽が決して軟弱になったわけではない。その音作りの深さには随所で驚かされる。

ジュリアードSQ/シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 レコードジャケット
ジュリアードSQ 日CBS・SONY 28AC1390(1979年)

東京SQからはディジタル時代に入る。録音の良さもあり、このグループはとても美しい音を聴かせてくれる。均整の取れたアンサンブル、品の良い音の動かし方、滑らかなドライブ感……
実に見事な演奏だと思うんだけど、聴き終えたあとで、ふとカペーやブッシュの演奏が聴きたくなる。たぶん全体的にあまりにもスマートすぎるからだろう。もちろんそれは決して悪いことではないんだけど。

東京SQ/シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」ニ短調 レコードジャケット
東京SQ VOX (Cum Laude) D-VCL 9044(1983年)

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