世界のために働くということ。

「幸福の国」として知られるブータンで首相フェローを務め、現在は気仙沼から手編みのニット製品を届ける〈気仙沼ニッティング〉の社長を務める御手洗瑞子さん。と、それだけ聞くと突拍子もない経歴のように聞こえるが、世界に対する彼女の姿勢は一貫している。 「ふつうに暮らしていて、地球の反対側の人を不幸にしない経済循環」の実現を志し、学生時代からNGOや国際ボランティア団体などで活動していた彼女が、社会に出る時

給料が入ったら、ほとんど飲んじゃってましたね。|仲條正義

卒業するときに僕はのんきなこと考えてて、エラい先輩がいたり、厳しい会社に行くのやだなって思って。だから基本的に怒られてた、「君、何考えてんだ」って(笑)。それで少しは修業しなきゃ駄目だって先輩のいる資生堂に行きなさいと。でも資生堂は給料9000円だったんですよ。安い方だった。味の素が1万3000円近くていいなと思ってたんですが(笑)。資生堂に入ったら大変でした。朝は8時半に行かなきゃなんないし、

フリーになってからは、その日暮らしをしていましたね。|仲條正義

独立してからは、親父とお袋がいる池袋の家で2、3年やってました。僕のところに来る仕事は、遊び友達みたいなやつが「これやってくれよ」っていうような仕事で、鳴かず飛ばず、まあ飛ばず飛ばずだな(笑)。その日暮らしをしてました。福田繁雄と江島任という友人と、丸善にあったギャラリーでちょいと展覧会やろうよって話になったことがありまして。夏場に日宣美の展覧会が髙島屋の大きなホールでやるっていうんでそれにぶつけ

地域の資源を活かして、町づくりを面白がる地元の人と、経済中心の社会に疑問を持つ都会の人が地方で交わる。

海、山、川など自然に恵まれた環境と資源、人とのつながり。地方にあるものを求めて、ライフスタイルとして、移住や2拠点生活を選択する人や、地域に根づいてビジネスを起こす人が増えているいま、日本の地方に、新たなコミュニティが生まれている。

僕は母親に、100%愛されたんですよね。|谷川俊太郎

 出身は杉並で慶應病院で生まれました。帝王切開なんですが、それが自分に影響していると思い込んでいるところがあるんです。普通の分娩、狭い産道で苦労して出てこないで、桃太郎さんみたいにパカッと生まれちゃったと。つまり、生誕の苦労がなかった(笑)。育ったのは今も住んでいる東京の杉並で、家は違いますけど、同じ土地です。子供の頃は虚弱児童でしたね。すぐ風邪をひいては熱を出して寝てるみたいな。幼稚園に行っても

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