野性の身体性を揺さぶる、いにしえのアジアの響き。

 日本初の劇場専属カンパニーとして設立10周年を迎えたNoism。その記念公演『カルメン』で、金森穣の構成・演出の力に改めて舌を巻いた。舞踊家たちの鍛え抜かれた肉体を媒介に表現されるその身体言語のボキャブラリーに底知れない可能性を感じたのだ。 「劇的舞踊と呼んでいる物語性の強い作品では、制約でがんじがらめの中、むしろあらゆるツールを総動員して盛り込んでいます。一つ作ると自己否定したくなり、もっとい

モノを作ることは、誰もが持つ本能。人間は誰もがモノを作るべきだと思うわ。

ステファニー・クエールはイギリスのカントリーサイドにある、自然豊かな農場で生まれ育つというバックグラウンドを持ち、動物に焦点を当てた作品で知られるアーティスト。その作品は、単に動物のカタチをコピーしたものではなく、生の、まるで命が宿っているかのような動物の存在を、見る者に感じさせる。今秋、日本に滞在し制作した新作の展覧会が開催される彼女に話を聞いた。

世界はグラフィカルだ!

クレヨンを手に入れた子供が太陽と山と木と花を描くような愛着や、「大自然の姿は共感を得やすいよねー」という策士の目でもって、日本人は自然に親しみ、四季の景色を描いてきた。では明治維新後、新たな日本絵画を創設しようともがき続けた画家たちは、自然をどう描いたのだろう。菱田春草や速水御舟や福田平八郎は、徹底した写生や西洋の遠近法を取り入れた三次元的描写を経て、琳派の色彩や意匠を研究。平面的で装飾的な画面を

Boyfriend(2014)|エリカ・ヴェルズッティ

 アート作品のタイトルって、無題だったり意味深なものだったり、いろいろありますよね。2つの白い球体(ダチョウの卵だそうです)が目を引くこの作品、「ボーイフレンド」と名づけられています。そうやって見ると明白な2つの玉ですが、まあ、これが彼氏なんですね。ご立派です。エリカ・ヴェルズッティは1971年サンパウロ生まれ、現在も同地を拠点に活動しているアーティストで、主にブロンズや石を使った彫刻作品を制作し

常に「恐るべき新人」を待望している美術界という戦場に、しなやかでしたたかで大胆不敵な日本画が届いた。|服部しほり

 絵に登場するのはオジさん、または小僧。初期には自画像らしき若い女子もいたけれど、その娘は変な妖怪オジさんみたいなものを抱いていたりする。あとはこちらもオスのみ、雄鶏を描く。  そんな絵が次から次に出てくると、これは曾我蕭白の再来か、伊藤若冲の子孫だろうかと思ってしまうところだが、そんな簡単な話ではなかった。この画家、服部しほりとの対話は後回し。日本美術の知識を復習しよう。  若冲、蕭白、長沢芦雪

国民的絵画、降臨。

浮世とは当世のこと。今、この世で味わえる娯楽と享楽を描いた浮世絵は、自由で粋な元禄の空気を映す国民的エンターテインメントだ。原点は風俗画。初期は菱川師宣らの肉筆画や墨一色の摺り物がメインだったが、多色摺り木版の技術革新によって一気に大衆化。歌舞伎スターの役者絵や美人画は装いの流行発信源になり、歌川国芳が描く幕府批判の風刺画は庶民の喝采を浴びた。浮世絵が、上質なポップミュージックのように愛されている

救ってくれよ!

「そろそろ災いまみれの世が到来するけど、どうする?」という末法思想が蔓延した平安後期ならなおさらだ。貴族の間では、死後に極楽浄土へ導いてくれるとウワサの阿弥陀如来にすがる者が増え、阿弥陀が信者を迎えに来る来迎図や仏像を作ることが大流行。後の鎌倉時代には、《阿弥陀二十五菩薩来迎図》《山越阿弥陀図》という劇的お迎えシーンも描かれ、死後の世界を恐れる民衆の救いとなった。   さて、末法思想の不安とは裏腹

遡ればシルクロード。

というか、やっぱり「真似」である。今この目で鑑賞できる古代の絵のネタ元は、その多くが、中国や朝鮮半島や東アジアから、仏教絵画や遣唐使のクチコミという形でインポートされたものだったりする。   約1300年前の白鳳時代に描かれた《高松塚古墳壁画》は、中国の唐時代に亡くなった貴人の墓の壁画に倣ったものらしい。群像で表された女性たちの顔や体つきも、カラフルな衣装と持ち物で死者の旅立ちを華やかに見送るスタ

土木のデザインから生きるための技術を知る。

「注目されるのは自然災害の時ばかり」というのは"土木"が背負った悲しい宿命だ。我々の生活に不可欠であるからこそ、そこに向けられる視線は厳しい。そんな日常の中では目を向けられてこなかった土木というテーマにデザインの視点から光を当てた『土木展』が開催される。 *  展覧会のイントロダクションでは日本の名土木を土木写真の第一人者・西山芳一氏の写真群を用いてマッピング。映像・ドローイングと共に土木の美しき

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