アート

SNSと新刊詩集。詩人・大崎清夏がそれぞれの言葉に込めるもの。

BRUTUSCOPE

No. 940(2021.06.01発行)
京都で見る、買う、食べる、101のこと
大崎清夏

不自由な時代の自由を謳う。

 5月5日、"私は思い描く、南へ向かう列車を"という一編が、突如Twitter上に投稿された。アカウントの主は、詩人の大崎清夏。聞けば一日一行、「私は思い描く」を切り口に詩の断片を発信し続け、終わらない詩を作っていく試みなのだという。

「とあるアメリカの詩人が、“I love”から始まる文を毎日投稿し続けているのを偶然知って。真似してみたいと思った時に浮かんだのが"思い描く"という言葉でした。この表現を介せば、何かと制約が多い今であっても、自由に想像を飛ばして書ける。それは、続ける自分の心の癒やしにもなると思ったんです」

 攻撃的で刺激的な言葉が行き交うSNS上ゆえ、大崎いわく「存在するだけで拠りどころになる、草花のような言葉」が存在感を放つ。

 一方、彼女はこの5月、自身4冊目の詩集となる『踊る自由』を上梓した。

「20代の頃はよくクラブで遊んでいたので、2012年に風営法違反摘発が相次いだ、いわゆる"ダンス規制"に衝撃を受けました。法律に体を縛られるように感じて。以来、自分にとって"自由に踊ること"は一種の抵抗の形。今向き合ってみたいモチーフでした」

 そしてもう一つ、詩を書き進める中で、「踊り」という言葉に発見があった。

「人間関係も、踊りのようだなと気づきました。世の中には恋や友情とはっきり名づけられなくても大切な一期一会がたくさんあって、それは一時、呼吸を合わせてダンスを一曲踊るようなものだなと」

 それゆえ、詩に描かれるのは日常の、些細な人と人の交わり。そこには一貫して、閉ざされた世界の小さな「自由」が読み取れる。考え方に影響を与えたのは哲学者のスピノザだった。

「彼は人間の自由について、"自分の身体の必然性に従って身体を動かすこと"と言っています。つまり、主体的に生きることこそ自由なのだ、と。この考え方にすごく共感しました。私の持ち分としての自由を誰にも侵されたくない、という気持ちがこの詩集の根っこにもあるんだと思います」

 時に草花のように優しく、時に宣言のように強く著される「自由」への渇望。詩に触れた先に、小さな光を見出せるかもしれない。

『踊る自由』

曖昧に呼応し合う人間関係を想起させる「両性の合意」や、大崎が自らの仕事相手から着想を得たという「プラネタリウムを辞める」など30編を収録した大崎の詩集。装丁はグラフィックデザイナーの大島依提亜が手がけた。帯文は劇作家の岡田利規。左右社/1,980円。

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大崎清夏

おおさき・さやか/詩集『指差すことができない』で中原中也賞受賞。舞台公演や映像作品などの仕事も多数。連続詩「私は思い描く」はTwitter(@sayaka_osaki)にて更新中。

photo/
Hiromi Kurokawa
text/
Emi Fukushima

本記事は雑誌BRUTUS940号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は940号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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