エンターテインメント

大胆かつ繊細な響きに宿る、自らの生きざま。|桑原あい

BRUTUSCOPE

No. 940(2021.06.01発行)
京都で見る、買う、食べる、101のこと
桑原あい

 ジャズピアニストの桑原あいが、キャリア初の全編ソロ・ピアノアルバム『Opera』をリリースした。オリジナル曲「The Back」を除けば、収録された楽曲はすべてカバー。古今東西様々なジャンルの楽曲を、ダイナミックかつ繊細な表現力でアレンジしている。

「録音は去年11月にホールで行いました。コロナ禍でもあり、アメリカ大統領選の真っただ中でもあって、とても複雑な気持ちでいました。その一方で、久しぶりに演奏できる喜びもある。そんな混沌とした自分をそのままピアノにぶつければ、絶対に今しかできない作品になるだろうと確信していました」

 ここに並んでいるのはインスト曲であり、カバーが大半だ。しかし、その演奏には桑原の心境や社会へのメッセージ、もっと言えば「生きざま」さえも刻み込まれているという。そういう意味で本作は、ドキュメンタリーのような作品と言えるのかもしれない。

「ドキュメンタリーとは初めて言われましたがピンときました。私は音楽家だから、世の中に対して言いたいことも音楽で伝えるべきだと思っていて。だからドキュメンタリーを作るのが向いているのかもしれないですね」

ピアニスト人生を変えた出会い。

 幼少の頃からエレクトーンを習い始め、「天才少女」といわれた桑原。しかし小学5年生の時に、ピアノ・トリオを聴いて衝撃を受け、ジャズピアニストへと転向する。その道のりは長く、エレクトーンをやっていた自分を否定していた時期もあったという。

「あの頃の自分を認められるようになったのは、つい最近なんです。それまでにも大きなスランプに陥って、全く曲が書けなくなったこともありました。“アーティストはこうあるべき”という理想ばかり追い求め、自分しか見えずに本当に視野が狭くなっていたんですよね。そんな私を救ってくれたのは、クインシー・ジョーンズやスティーヴ・ガッドといった人たちとの出会いです。彼らが私に“音楽は、生きざま”と気づかせてくれました。それからは理想を追い求めるよりも、日々の生活を大切にするようになりましたね」

 そんな桑原の今の目標は、映画音楽を作ること。本作でもカバーしたエンニオ・モリコーネに、多大なる影響を受けているという。

「聴けば映像が鮮やかに浮かび上がり、人々の心に深く響く。そんな音楽ってなかなかないじゃないですか。ああいう作品がいつか書けたら、きっと笑って死ねますね(笑)」

『Opera』

昨年7月に逝去したエンニオ・モリコーネによる「ニュー・シネマ・パラダイス」や、ルーファス・ウェインライトの「ゴーイング・トゥ・ア・タウン」など様々なジャンルの楽曲をカバー。ユニークなのは、本作中5曲がシシド・カフカや平野啓一郎、社長(SOIL& “PIMP” SESSIONS)ら、桑原と交流のある人たちによるリクエストだということ。ボン・ジョヴィの「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」など意外すぎるレパートリーもあり、ジャズピアノの入門盤としても楽しめる。

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くわばら・あい

1991年生まれ。洗足学園高等学校音楽科ジャズピアノ専攻を卒業。これまでに10枚のアルバムを発表し、国内外でライブ活動を精力的に行う。スティーヴ・ガッド、ウィル・リーとのトリオで2枚のリーダーアルバムをリリースするなど、今最も注目を集めるジャズピアニストの一人。

photo/
Kazuharu Igarashi
text/
Takanori Kuroda

本記事は雑誌BRUTUS940号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は940号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.940
京都で見る、買う、食べる、101のこと(2021.06.01発行)

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