エンターテインメント

磯部涼と高橋ユキが語る、テロリズムの真相。

BRUTUSCOPE

No. 937(2021.04.15発行)
やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない
高橋ユキ(左) 磯部 涼(右)

犯罪ノンフィクションから社会を覗く。

SNSを見渡せば、右からも左からもフェイクニュースが飛び交い、それによって溶解した事実と虚構の境界線をめぐる騒擾が、決着のあてもないままに繰り広げられている今日、事実を重んじ、しかし、事実に近視眼的にとらわれることなく遠景へと向かう“ノンフィクション”は、分断の時代を中和する解毒剤となり得るのか。ノンフィクションの書き手、磯部涼と高橋ユキが、今日の「ノンフィクション」について語り合う。

磯部涼
高橋さんはご自身の肩書ってどうされています?
高橋ユキ
「フリーライター」ですね。
磯部
僕も基本的には「ライター」と名乗ってるんですけど、それこそ「ノンフィクションライター」という名乗り方だってあるわけじゃないですか。
高橋
「ノンフィクション」っていう冠をつけると自分がやっていることにちょっと偉そうな感じが出ちゃうような気がしていて。磯部さんはなぜ?
磯部
本来ノンフィクションって「フィクションではないもの」でしかないのに、日本だと「文学」と同じようにそれが独自のジャンルになっていますよね。もちろん読者としては好きなんですが、自分が書いているものはいわゆる“ノンフィクション”ではないかな、と。高橋さんはノンフィクションをどういうジャンルだと考えてます?
高橋
例えば一つの事象について、それがある人のフィルターを通すことによって出てきたものがありますよね。それを描いたものが“ノンフィクション”だと思っています。一つの事象を色々なフィルターを通して見ながら吟味するというのがノンフィクションの醍醐味じゃないですかね。
磯部
それで言うと高橋さんの『つけびの村』はノンフィクションなんでしょうか?
『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』高橋ユキ/著|わずか12人しかいない限界集落で起きた殺人事件の真相を探るために、村に出向き、犯人との対話を繰り返したノンフィクション。ネットやマスコミの記事によって拡散された噂話の裏側に迫る。/1,760円。
高橋
どうだろう。あまり厳密にカテゴライズしたくないといういやらしい気持ちもあるので(笑)。「これは自分が見てきたある事件とある村の話です」くらいの感じで読んでもらえたらとは思ってます。隠された悪行を暴き出すとかそういう話であればまさにノンフィクションなのかもしれないですけど。
磯部
僕もそういうものを書きたいかというと、ちょっとずれてくるんです。今回、念頭にあったのは、70年代に書かれた平岡正明の犯罪論や朝倉喬司の事件ルポなどでした。平岡はジャズについて、朝倉は河内音頭についての素晴らしい文章も残していますが、それと関連して、犯罪は前者にとっては労働者階級の闘争と、後者にとっては土着的なものと密接に結びついているんですよ。

自己責任論が忘却を生む。

高橋
単体の事件に迫るだけではなく、もう少し広く同時代性とかを見ていきたいということですよね。
磯部
個人的には今のニュースの消費のされ方みたいなものに問題意識を感じている部分もあるんです。事件についてそのバックグラウンドにある社会的な問題との関係性を考える、といった語られ方があまりないような気がしていて。
高橋
最近は本当にあっという間に事件が忘れられてしまう感じがする。みんな一瞬で怒って、一瞬で忘れていく。
磯部
以前はもうちょっと一つの事件についての語りの蓄積のようなものがあったと思うんです。今回の本で「テロリズム」と銘打ったのも、テロというのはもともとは政治的なメッセージを訴えるために犯罪で恐怖を煽る手法ですけど、それが狭義のテロリズムだとしたら、図らずも同時代の社会や政治が反映されてしまっている犯罪を広義のテロリズムとして捉えられるんではないか、と思ったからです。
『令和元年のテロリズム』磯部涼/著|令和の幕開けとともに起こった、日本を震撼させた事件「川崎無差別殺人事件」「京都アニメーション放火殺傷事件」などに迫る一冊。事件が起きた背景にある社会の裏に潜む問題を分析していく。新潮社/1,870円。
高橋
最近はすべてが自己責任になってしまっていて、みんなが「社会」という大きな枠組みで考えるのを放棄しているのかなと感じます。本来、個人が集まったものが社会なんだから個人で起こした事件も一定の社会的な影響の下にあるし、なんらかの社会問題の表出と言えるとは思うんですけど。
磯部
川崎殺傷事件の時に犯人に対して「一人で死ね」ということが盛んに言われましたけど、その言葉は、事件を社会の問題として考える気はないっていうある種の責任放棄なんですよね。
高橋
『つけびの村』でもそうした社会背景へもっと切り込むこともできたはずではあるんですよね。ただ、そこについては読み手がそれぞれ考えてほしいというふうにも思ってたので、あまりそういう感じには書きませんでしたが。
磯部
ただ『つけびの村』で事件の要因として「噂」というものが取り上げられていますけど、それはある意味では今日の社会、そのものですよね。
高橋
特に最近のようなSNS全盛期になってくると、「噂」の持つ影響力がますます大きくなってる気がします。そのあたりの怖さを伝えたいという思いはありました。
磯部
池袋の乗用車暴走事故で死者を出した飯塚幸三が逮捕されなかったことに対して「上級国民」という言葉がSNSで出回りましたよね。実際はあの時、飯塚が向かっていたのは高級レストランではなかったり、報道によるイメージの歪みが多分にあったようですが、一度ああいうイメージが広まるとそこから抜け出せなくなる。
高橋
加害者はいくら叩いてもいいという雰囲気がなんとなくありますよね。そして、そこに反するような振る舞いは許されない。このままでいいんだろうかと思います。

加害者を吊し上げる文化。

磯部
昔の犯罪論や事件ルポって犯罪者をある種のダークヒーローみたいに描くようなものが多くて、今の感覚で読むと驚くんです。永山則夫なんかも、ひどい貧困の中を虐待されながら育ったという話が繰り返し語られるので、「永山って被害者だったっけ?」みたいに思うところもあって。その一方で、彼に殺された人たちはほとんど話に出てこない。
高橋
それがいつしか被害者に焦点が当てられるようになって、加害者の心の動きとかは「個人の問題」となっちゃったのかもしれませんね。実際、加害者について語りづらくなっていると感じますか?
磯部
感じますね。今回の本では京アニ放火事件の青葉真司についても取り上げていますが、彼の半生も壮絶で、事件の遠因としてそれについて書きながら、緊張感がありました。ただ犯人に同情しない風潮は被害に遭われた方への誠実さであるとも言えるけど、以前に対して今の方がまともかと言えばそんなことはない。
高橋
どっちも事件を消費しているという意味では同じで、その方向性が違うだけという感じがしています。被害者の気持ちを考えろと言いながら、加害者の個人情報を暴き出して「こいつだ」みたいに吊し上げたりしてるわけで。
磯部
今は建前としての誠実さみたいなものが求められている気がします。あるいは、ノンフィクションというジャンルには、金銭を顧みずに長い時間をかけて誠実に取材したみたいなことが売りになるようなところもある。ノンフィクションってすごく手間と持ち出しがかかるじゃないですか(笑)。
高橋
しかも、書いたところで感謝もされない(笑)。特に事件系はそうですけど、人の命に関わることについては善意でやるべきだっていう見方が強いのかなと思います。とはいえ、善意で持ち出しを続けてればいつかは破産するし……。
磯部
今は新聞やテレビ局のチームがノンフィクションを書くケースも多いですよね。単に隣の芝生が青く見えているだけかもしれないですけど、ある程度の予算が出るっていうのは羨ましい(笑)。さらに、最近は書き手が訴えられるケースも多いし、SNSによって生まれた暗黙のモラルみたいなものがすごく大きくなっている。そこには良い側面もあるんだけど、書くうえでは慎重にならざるを得ないですよね。
高橋
色々な意味でノンフィクションを書くのが大変な時代ですよね。だからこそ、私はやっぱり自分の好奇心を大事にしていきたいなと思います。人間の心って誰しもそれぞれちょっとずつ歪だと思ってるんですけど、私はそれぞれの歪さのちょっとした違いにすごく興味がある。だから同じような興味を持っている人たちに取材で得たものを伝えられたらいいな、と。それでいつか生活が成り立たなくなったらその時は辞めるかもしれないですけど(笑)。

社会の深層を探る、ノンフィクション。

磯部涼/選

『ぜんぶ間違ってやれ  XXXテンタシオン・アゲインスト・ザ・ワールド』ジャレット・コベック/著 浅倉卓弥/訳
本書は殺されたラッパーが遺したツイートの分析から始まりますが、『令和元年のテロリズム』でも同様の手法を採用しましたし、今後、ノンフィクションでは必須になっていくでしょう。ele-king books/2,530円。

『ヤンキーと地元』打越正行/著
『令和元年のテロリズム』では見田宗介『まなざしの地獄』という古典を取り上げましたが、最近の社会学者が書いた”ノンフィクション”としても読める本ではこれが一番。若者の”パシリ”になるという調査方法からして面白くないわけがない。筑摩書房/1,980円。

『あらゆる犯罪は革命的である』平岡正明/著
今回、事件ルポを書くうえで意識したのが本作と朝倉喬司の『犯罪風土記』(秀英書房)でした。ただ2冊には対照的なところもあって、平岡は朝倉と違い事件現場に赴かず、新聞や週刊誌の記事をひたすら読み込むことで時代性を掴むんですよね。現代評論社/1,320円。

高橋ユキ/選

『結愛へ 目黒区虐待死事件 母の獄中手記』船戸優里/著
DVで娘を殺めてしまった母親の手記をまとめた一冊で、すべての言葉が胸に響き辛い本でした。前書きを、担当弁護人が書いていますが、彼女は連合赤軍永田洋子の弁護も担当した方なんです。小学館/1,540円。

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』河野啓/著
エベレスト登山で亡くなられた栗城史多さんの評伝。生前、SNSやYouTubeを生かしてインフルエンサー的な活躍をした彼に制作会社の人たちがわらわら集まってくる様子が現代的で、ネット社会のとても怖い一面を垣間見られました。集英社/1,760円。

『キツネ目 グリコ森永事件 全真相』岩瀬達哉/著
10年も前の『週刊現代』の連載が今年になり単行本化。連載時の記述がもとで民事裁判になっていました。最近のノンフィクションって民事裁判とは切っても切れない関係にあります。本作は裁判を経てのしっかりした内容に読み応えを感じます。講談社/1,980円。

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磯部 涼

いそべ・りょう/ライター。アンダーグラウンドな音楽の紹介者としてキャリアをスタートさせる。主な著書に『ルポ川崎』(サイゾー)などがある。

高橋ユキ

たかはし・ゆき/フリーライター。女性の裁判傍聴グループ〈霞っ子クラブ〉の立ち上げメンバー。主な著書に『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)など。

photo/
Shu Yamamoto
text/
Min Dopa

本記事は雑誌BRUTUS937号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は937号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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