エンターテインメント

十日草輔『王様ランキング』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 937(2021.04.15発行)
やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない

「あなたが気にしていることは、もしかしたらあなたの長所なのかもしれない。それは苦しいけれど、きっと自分の道を切り開く力になるでしょう」。耳が聞こえず、剣すら振れない非力な主人公が、弱さを断ち歩む冒険譚。既刊10巻。ビームコミックス/715~759円。

主治医・星野概念 診断結果:欠けていると思い込んでいた不幸が、特別な幸運として輝きだす。

 僕の中学時代の夢はバスケのプロ選手でしたが、身長が低く、高校からは試合にも出られず部を辞めました。夢は砕かれ、僕にとっては明らかな挫折でした。しばらくは本気で、身長が低い自分は幸せになれないと考えていました。完全なる思い込みです。でも、体育館に行かなくなると、教室での友人関係が豊かになり、文化的なことを教わる親友やバンド仲間と出会って、今の自分の要素の多くがその頃に培われたのです。今では、身長が低かったからこそ、大事な本や音楽と出会えたのだと思えます。僕は運良く、不幸な思い込みの物語、「ドミナントストーリー」を、不幸ではない別の物語、「オルタナティブストーリー」に書き換えられたのです。これは、「ナラティブセラピー」という心理療法で目指す書き換えです。本作の主人公ボッジは、巨人族で世界一豪腕な王の長男ですが、とても小さくとても非力、そして耳が聞こえません。周囲からは馬鹿にされ、王の後継も強い次男に奪われますが、辛さが多いゆえに心優しく、純粋なボッジを支持する者もいます。その者と彼は旅に出て聡明でコミカルな師匠に出会い、驚くほど強くなります。といっても、殺めない優しい強さ。修業の終わりにその師匠がボッジの、苦労し虐げられてきた「ドミナントストーリー」を「オルタナティブストーリー」に書き換える場面でボッジは泣きますが僕も感涙。ほかにもこの漫画には、母性愛や家族の葛藤、支配欲などが描かれ、多くの人が自分の人生の壁を思い出すでしょう。そんな内容が、すこぶるかわいく優しい漫画で展開されるのだから、人気が出ないはずがない。絶対再読します。

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ほしの・がいねん

精神科医など。著書『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が発売。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS937号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は937号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.937
やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない(2021.04.15発行)

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