楽しく楽して 地に足付けて飯を食う。「ディンどん」

児玉雨子「〆飯」

No. 937(2021.04.15発行)
やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない
フライパンにスライスガーリックとオイルサーディンを汁ごと開け、めんつゆと共に加熱する。ご飯の上にかけて完成。今回はブロッコリーも使いました。

 これは缶詰ごはん業界ではかなり知られたメニューではないだろうか。オイルサーディン丼、略してディンどん。いわしの油漬けがカタカナになることでスタイリッシュな雰囲気を醸すうえ、同じ青魚の鯖缶よりもやや価格帯が上がり、缶詰のデザインも洗練されたものが目立つ。すぐに作れちゃうから、大変な作業が終わったあとのちょっとしたご褒美だ。

 今これを書いているのは3月頭、個人事業主は確定申告に追われている時期。新型コロナウイルス流行の対応として申告期限が延長されているものの、やはりこういったものは常日頃から記帳するなり、税理士に相談するなりして、早めに終わらせてしまうに限る。

 交通費の再確認のためにスケジュールアプリを開いて昨年の行動を見直すと、特に3月以降の交通費の少なさに、わかっちゃいたけれど改めて驚いた。というか、インドア派と自称しつつ、コロナ以前のわたしはお酒も飲まないのに案外漫然と外に出歩いていた。かなり衝撃というか、恐ろしかった。スケジュールアプリに入力しているということは、ある程度前もって準備はしているはずなので、不明な外出は計画的夢遊とでも呼んでおく。あてどなく遊ぶのも楽しいことのひとつではあるけれど、計画的夢遊はおそらくひとりで実行している。わたしは友人が少なく、誰かと会うことは一大事だからだ。そのはずが、予定の数に思い出が伴っていなかった。

 コロナ以前の晩夏、現事務所の担当と知り合い、移籍の相談をしているさなか「何かやりたいことはありますか?」と訊かれたのを憶えている。「職業作詞家なので、ありません」と答えたことも。社会的事情は関係ないかもしれないけれど、疲れ果てていたのは確かだった。学生時代からアドバイスというていの無責任な言葉を浴び、日々のルーティンにしがみついて、息切れしながら暮らしていたことは判る。だから記憶も薄く、毎日から離れたくて計画的夢遊を繰り返していたのかもしれない。

 じゃあ、当時それほど多忙だったのかと言うと、今のほうがやることが増えている。やりたいことも次々浮かんでくる。でもまったく擦り切れていなくて、楽しい。おべんちゃらでもなく、このエッセイもそう。こんな状況でも変わらず仲良くしているひとや、新しく出会ったひとたちは、自分の機嫌を自分で取れて、他者を尊重するひとばかりだった。そのひとたちのおかげで、わたしも少しはこの世を受け入れられるようになったな、と、スケジュールアプリを見返しながら感慨にふけった。

 まぁ、でも、前年はよく頑張った。わたしだけじゃなく、みんなみんな、すごく頑張った。だから今日くらいは大好きなものを食べてもいいよね、と言いながらディンどんを作る。どうせ人に会ってもマスクは外せないし、明日の打ち合わせはリモートだから、にんにくもたっぷり入れてやろ!

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こだま・あめこ

作詞家、作家。ハロー!プロジェクトや私立恵比寿中学などアイドルグループを中心に数々のアニメやゲームソングに作詞提供している。

文・写真/
児玉雨子
編集/
辛島いづみ

本記事は雑誌BRUTUS937号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は937号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.937
やっぱりマンガが好きで好きで好きでたまらない(2021.04.15発行)

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