強いメッセージを、より"聖書的"に。
2019年、長編デビュー作『ウィーアーリトルゾンビーズ』がサンダンス映画祭で日本映画として初めて審査員特別賞を獲得したことも記憶に新しい、映画監督の長久允。彼が新たに挑戦したのはミュージカルドラマ。16歳の誕生日を迎えた女子高生の主人公の脳内で、突如ラジオ『FM999』がスタートし、「女とは何か」をテーマに毎話3人の歌い手が主人公の悩みに応じた歌を披露していくストーリーだ。監督、脚本はもちろん、劇中に登場する30にも及ぶ楽曲の作詞を手がけた長久は、事の始まりを次のように話す。
「2016年に制作した短編『そうして私たちはプールに金魚を、』を撮り始める前から、どこに出すわけでもなく歌詞を書き溜めていて、友達と曲を制作していました。今回のドラマの話をもらって、手元にあるたくさんの歌詞の片鱗を形にしてみたいと思い、ミュージカルを提案しました」
音楽は、言葉を情緒的に媒介する。
かねてより長久が作品作りにおいて大切にしていることは「聖書的」であること。物語展開よりも伝えたいメッセージを重視し、どんなステータスの人が観ても、どの部分だけを切り取られても伝わるよう、概念的な言葉と固有名詞を意識的に組み合わせたわかりやすい言葉の表現を心がけている。それゆえにセリフへの思い入れも強いが、伝えたいメッセージをセリフに乗せることと歌詞に乗せることに違いはあったのだろうか。
「より強い主張や感情的な言葉も受け入れられやすい状態でお届けできるのが音楽。メロディがついていない状態だと、攻撃性が高かったり、悲しみや喜びの感情が強く出すぎてしまったりして受け手が恥ずかしくなるような表現も、音楽にすることで情緒的に伝えることができるので、魅力的な媒体だなと感じました」
今作のテーマは「女とは何か」。特に今回手がけた歌詞の中で印象的だと話すのが、第1話の1曲目として登場する「一番目の女」。旧約聖書で描かれた、最初の人間であり、男性と女性であるアダムとイヴのエピソードに重ねて、女性の葛藤を表現している。歌うのは宮沢りえだ。
「宗教的にはナイーブな面もありますが、現代の女性が、長い歴史の末に押し込められてしまっている事実をしっかりと表現できたのかなと。"なんじゃその話 きっと男がつくったんだろーねその話 だっさ"というフレーズには、伝えたいことを集約できたように思っています」
近年、映画に限らずドラマに演劇にと表現の幅を広げる長久。この4月にも作・演出を手がけるミュージカルが初演を迎えるが、作品作りに向き合う心境にも変化があった。
「僕はもともと、ドライで淡々とした表現が好きだったんですが、舞台を通して、異常に熱量が高い表現にも惹かれるようになっていて。役者さんのエネルギーの高い表現によって動かされるものがあるなと、ここ数年でやっと気づきだしました。ゆえに新しい表現を、役者さんとともに開拓していけたらいいなと思っています」
ポイントは、物語性と表現の余白。 長久監督に影響を与えた歌詞の良い楽曲たち。
1 友部正人&たま「あいてるドアから失礼しますよ」
2 BLANKEY JET CITY「悪いひとたち」
3 Mr.Children「友とコーヒーと嘘と胃袋」
4 狐火「37才のリアル」
映像の仕事を始める前から、語数が多めの物語的な楽曲を好んで聴いていました。大学生の頃によく聴いていたのが1。耳から入ってくる登場人物の空虚感や切なさにドキドキしていました。そして2の歌詞には、車に轢かれた妊婦が出てくるのですが、お腹の中の赤ちゃんは"きっとかわいい女の子だから"というフレーズがリピートされる。詩的さと物語性の合致が素晴らしいです。3は全く異なる4つのキーワードを一つに紡ぐ技術が圧倒的。そして4は狐火さんが毎年「〇〇才のリアル」として発表するシリーズの最新作。経過を追うだけで、意図せず自然と物語として成立している構造が面白くて。リアリティと物語について考えさせられます。
- text/
- Emi Fukushima
本記事は雑誌BRUTUS936号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は936号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。