エンターテインメント

少年アヤが丸裸に綴った記録から、カナイフユキが想像すること。

BRUTUSCOPE

No. 936(2021.04.01発行)
猫になりたい

『ぼくをくるむ人生から、にげないでみた1年の記録』

「ぼくがぼくであり、ゲイであるからだ」と綴る著者が、周囲との人間関係、そして自分を大切にしなかった生き方を改めていく小説的エッセイ。表紙の写真は森栄喜。双葉社/1,760円。

自分を幸せにする、その覚悟があるか。

少年アヤの最新作には、彼が自分で自分を幸せにしようとした記録が綴られている、と感じた。

 自分を幸せにしてやる、ということができないゲイやそのほかの性的少数者は多いのではないだろうか。子供の頃から自分のセクシュアリティやジェンダーが間違っていると教えられ、笑われ、いないことにされ、不幸になってしかるべきという考えを内面化してしまうからだ。僕もその一人である。カミングアウトできたとしても、彼氏の話をすると困惑してしまうアヤちゃんの父親のように、理解はできてもうまく受け入れられないという反応が返ってくることもある。家族も親友も、他人は全部遠ざけた方が傷つかないから楽だと思う人や、デビュー当初のアヤちゃんが「おかま」を自称して自分を嘲笑ったように、処世術として差別を受け入れる人も多いかもしれない。不幸に慣れた人はそれを心地よく感じるのだ。

 でも、ここ数年のアヤちゃんは作品を通じて家族や友人との関係を捉え直し、自分を卑下せずに生きる道を模索してきた。そうして自分の人生ととことん向き合うことで、本作に感じられる「自分を幸せにする覚悟」が生まれたのではないかと、僕は想像する。

 覚悟を決めたアヤちゃんは、自分の持つ幸せに気づき、愛されていることに気づくだけでなく、初めてできた彼氏との関係を通して社会のあらゆる問題に目を向けていく。ベビーカーでの外出で肩身の狭い思いをしたり、職場でパンプス着用を強制される親友の女性たちとの交流から、フェミニズム的な課題に関心を持つ姿が印象的だ。同性愛は隠すべきとされるのも、女性がジェンダーを理由に差別されるのも、原因は同じく男性優位社会のシステムにあると気づく過程がアヤちゃん特有のやわらかな筆致で綴られる。

 僕もアヤちゃんを見習って、自分の人生の幸せな部分に目を向けたい。自分への憎しみで目を曇らせていては、他人の困難にも気づけないのかもしれない。性的少数者だけでなく、自分を愛せないという人におすすめしたい一冊。

あらゆる経験を著者とともにする、ソビエトからやってきた「ゥー」。|アヤちゃんと彼氏のお子さん、こぐまの「ゥー」も登場。アヤちゃん似で可愛いですね。本文中では同性婚の認められない日本の現実を切なく浮き彫りにもする存在です。
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カナイフユキ

イラスト、コミック、エッセイなどを中心に活動。昨年イラストレーター3名と共著で『映画みたいなことしない?』を刊行。本誌奇数号で「DOUGHNUT TALK」を連載中。

photo/
Wataru Kitao
text/
Fuyuki Kanai

本記事は雑誌BRUTUS936号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は936号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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猫になりたい(2021.04.01発行)

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